第111話 親子の戦い(1)

「行ってまいります母上。」

「はぁい。ティアちゃん頑張ってね。『剣豪』ちゃんもね?」

「ああ、わかっている。ティアは俺が守る。」


 健流と充が別の部屋に入ると同時に、ティアが魔女に礼をして動き出した。

 それを歯噛みしながら見ているセルシア。


「セルシアくん。あまり思い詰めすぎるな。あの二人を頼むよ?」

「アンジェリカ様・・・はい。必ず助けて来ます。」

「レーアくんとクリミアも、頼むね?」

「勿論でございます。吉報をお待ち下さい。」

「頑張ってくるわね。」


 その後を追う三人。

 

「(三人とも・・・頼んだよ・・・)」


 アンジェリカはその姿を瞬きせずに見送った。





「さて、母上がお待ちだ。さっさと始めよう。セルシア、最後に確認する。こちらに来なさい。私も十三もそれを望んでいます。」

「ティアさん・・・」


 ティアの言葉に悲しそうな顔をするセルシア。

 

「セルシア。こちらに来い。今ならまだ間に合う。魔女には俺も頭を下げる。」

「渋谷さん・・・」


 続く渋谷の言葉にセルシアは目を閉じ空を仰ぐ。


 この部屋は、夕暮れだった。

 周りにはビルが立ち並んでいる。

 どうやら市街地のようだ。

 もっとも人の姿は皆無であるが。


「「セルシア。」」


 二人の声で、セルシアは顔を戻し、二人を強く見た。


「ティアさん、渋谷さん・・・いいえ、お父さん、お母さん。私は、私達はあなた達を元に戻します。その為に今日、ここに来たんです。絶対に負けません!」


 セルシアの決意を聞き、ティアはため息をついた。


「・・・私が今ここにいるのは、私の意思で母上の役に立とうと考えているからだ。聞き分けのない子供には罰を与えねばな。十三、始めよう。」

「・・・仕方がない。レーアの嬢ちゃん、クリミアの嬢ちゃん、悪いがお前らには手加減してやれん。セルシア。少し位の怪我は我慢しろよ?」


 二人が戦闘態勢に入った。

 それを見て、セルシアとレーアとクリミアも戦闘態勢に移行する。


「渋谷さん。目を覚ましてあげるわ。今までのセクハラ発言の分、厳しく行くから覚悟しといてよ!」

「それは私も同感だ。渋谷さん。覚悟して下さい。」


 全員が睨み合う。

 そして、火蓋は切って落とされた。


 最初に飛び出したのはクリミアと渋谷だった。

 

「ふっ!!」

「くっ!?」


 渋谷の斬撃を紙一重で躱すクリミア。

 渋谷の攻撃は全てが必殺である。

 躱すのに注力しているクリミアは反撃できない。


 そして、ティアは既に詠唱を開始している。

 レーアはティアに走り寄る。


「魔法は使わせないわ!!」


 高速で近づき拳を振るおうとするレーア。

 しかし、


「甘いぞ。」

「っ!!」


 クリミアに放った横薙ぎを利用し、その勢いのまま回転し、レーアに接近する渋谷。

 このままでは斬撃がレーアに当たる! 



「させない!」


 そこに、セルシアが、異能『渦』を発動させる。

 セルシアの渦は、全てを吸い込み、全てを吐き出す力の塊だった。


「むっ!?」


 渋谷の身体が渦に引き寄せられる。

 

「貰った!」

 

 クリミアが、体勢の崩れた渋谷に、車を迎撃した時の風の遠当てを放った。


「させん。『ウィンドボム』」


 ティアがその遠当てに風の爆弾を放った。

 遠当てに直撃して爆風が飛び散る。


 その爆風で、渦の効果範囲から逃れた渋谷は、そのままクリミアに走り寄った。


「せぁ!!」

「うっ!?」

 渋谷の斬撃を躱そうとしたクリミアだったが、渋谷の剣速が早すぎた為、完全には躱しきれず、切創を負う。


「クリミア!」

「『ドラッシュ』」


 更に、ティアから杭状になった土の塊がクリミアに襲いかかる。

 完全に体勢を崩しているクリミアには躱せない!


「させないって言ったでしょ!」


 しかし、セルシアが射線上に渦を飛ばし、杭を吸い込み、更にクリミアにとどめをさそうと突きを打とうした渋谷の体勢を崩した。


 クリミアはそのまま後方に飛び、間合いを取る。


「(・・・やっぱりこの二人は強い!私では完全に引き留める事も出来ない!!)」


 クリミアは悔しそうな顔をする。

 アンジェリカを除き、エデンで最強と呼ばれる渋谷と、同格のティアは凄まじい強さだった。


「(どうする?どうやって打開する?)」


 クリミアが歯噛みしていると、レーアが近くに来て、小声で話しかけた。


「(クリミア。)」

「(なんですレーア。)」

「(切り札を切るわ。20秒稼いで。)」

「(あれをやるのですか?しかし、そうすると、その後あなたは・・・)」

「(出し惜しみしていられないでしょ!とにかくまず、渋谷さんを戻すわよ!長の読みでは、渋谷さんはまだ汚染されてからそんなにたっていない筈。頭部への強い衝撃で洗脳を解除しやすい、でしょ?)」

「(・・・わかりました。私も覚悟を決めましょう。セルシアさん!良いですね?おそらく、これで私達は戦線を離脱します。ティアさんをお願い出来ますか?)」

「(ええ、私がなんとかする。渋谷さんを頼んだわよ!)」


 三人は決意を固めた。


「・・・何かしてくるようだ。」

「別に構いません。私と十三であれば、どうとでもなります。返り討ちにしましょう。」


 ティアと渋谷も迎え撃つ体勢を取った。


 実は、レーアの奥の手を知るものはエデンにもほとんどいない。

 アンジェリカと親友のクリミアだけだった。

 それには理由があった。

 一つは、レーアは基本戦闘班としてよりも、情報収集を旨としており、渋谷やティアが出るような大規模な戦場を共にすることは少ないという事、後は・・・使えば最後、回復するまで異能が使えなくなるからだ。


 アンジェリカより、最後の切り札は仲間内にも開示しないよう厳命されていたのだ。

 クリミアが知っていたのは、アンジェリカの側近だったと言うこともあるが、何より、親友であり、お互いに戦場を共にする事が多かったからだ。


 レーアが力を高める。

 いつも隠れている目があらわになり、既に色を赤く変えている。


「させん!!」


 渋谷が突っ込んでくる!


「それはこちらのセリフです!!」


 クリミアが立ちはだかり、遠当てを連発して時間を稼ぐ。


 ティアも詠唱を開始している。


「私の相手をしてもらいますよ!!お母さん!!」

「っ!!」


 ティアの元にセルシアが走る。

 セルシアの渦の力は強い。

 ティアも表情を険しく変えた。


「やるな!だが、これで終いだ!!」

「くっ!?」


 クリミアの遠当てを防ぎ切り、刀の間合いに入る。


「シィッ!!」


 渋谷が横薙ぎでクリミアを切り捨てようとする。

 クリミアは躱せない!

 胴体に当たる!!


「『時空乱』」


 レーアが言葉を発し、渋谷を凝視した瞬間、灰色の球体が渋谷を包み動きをとめさせた。

 これは、サイコメトリー能力である『過去視』という概念を発展させたもの。

 残留思念を読み取る筈のサイコメトリーを、『過去に巻き戻して過去の映像を確認する』という概念に置き換え、無理やり発動させる事により起きるバグ。


 その為、過去に逆行しようとする力と、そのまま未来に進もうとする力がせめぎ合あい、その空間の時間を止めるというレーアの切り札だった。

 当然、無茶な事なので、脳の酷使により、数秒時間を止めるのと引き換えに、『過去視』を発動のキーである魔眼が一時的に視力を失い、更に魔眼が回復するまで『過去視』が使えなくなるというデメリットがある。

 精神力も使い切るため、実質戦闘不能になってしまうのだ。


 しかし、それが勝負を分けた。

 薄皮一枚を切った状態で止まっている渋谷。

 

 クリミアもまた、この時の為に力をためていた。

 

「行きます!!」


 ずっとため続けていた力を開放するクリミア。

 利き腕である右腕に、竜巻が纏わりつく。

 その腕からは血が飛び散り、ギシギシと骨が音を立てている。

 もう10秒も維持したら、捻れるように骨が粉々になり、皮膚も修復不能なほど切り刻まれてしまうだろう。

 

 だが、千載一遇のチャンスだった。 


「渋谷さん!覚悟!!『トルネードブロー』!!!」


 痛みを奥歯に押し付け、歯を食いしばりながら突きを放つクリミア。

 その一撃は渋谷の鳩尾に直撃した。


 その瞬間、時間停止は終わり、渋谷の上半身の服は渦巻状に飛び散り、皮膚も切り刻む!

 衝撃が錐揉み上に渋谷の身体を突き抜けた。


「がはっ!?」


 そのまま吹っ飛ぶ渋谷。


「十三!?おのれ!!」

「あなたの相手は私です!行かせません!!」

「くっ!!どきなさいセルシア!どきなさい!!」

「どかない!!」


 魔法を連発するティアと渦でそれを吸い込むセルシア。

 ティアをその場に釘付けにする。


 崩れ落ち、腕を押さえるクリミア。

 その腕はズタズタになっていた。


 レーアもまた限界が近い、脳を酷使し過ぎて意識が飛びそうになる。

 しかし、舌を出血するほど強く噛み、意識を繋いで、渋谷に近寄っていく。


 倒れていた渋谷は片膝をついて起き上がり、刀を杖の代わりにしている。


「はぁ・・・はぁ・・・やるじゃ・・・ねぇか・・・ぐっ!?」


 しかし、限界だったようで、刀から手を離し、突きを受けた場所を押さえる。 


「だが、まだ終わってねぇぞ!!」


 レーアを睨みつける渋谷。

 

「渋谷さん!正気に戻って!」

「があっ!?」


 そこに、レーアが最後の力を振り絞って頭部を殴りつけた。


 ビシッ


 と音がする。


 そのまま、渋谷はのけぞったような体勢になっており、顔が見えない。

 レーアもまた倒れ始める。


「・・・もう・・・駄目・・・限界・・・」


 徐々に前のめりに倒れていくレーア。

 ガシッと抱かれ、その動きが止まる。


「・・・イテテテ・・・だが、役得だね。いい感触してるなレーアの嬢ちゃん。ありがとよ。」


 ニヤリと笑う渋谷。

 それを見て、レーアは微笑んだ。


「渋・・・谷さ・・・ん。セ・・・クハ・・・ラです・・・よ・・・でも・・・よか・・・った。・・・もと・・・に・・・もど・・・」

「おう。寝とけ。次は俺がティアの目を覚ます番だ。」


 レーアは笑顔のまま目を閉じた。

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