第109話 滅びの獣 対 怨造魔獣(1)

「健流・・・俺たちも行こう。一対一だ。」

「ああ、充。タイマンだ。」


 光や姫乃達が部屋に入ったのを見計らって、健流と充は歩き出す。

 中に入ると、その部屋はゴツゴツした岩場で、ところどころに岩の柱が立っていた。

 太陽も証明も無いのに明るく、空は白い。

 そう、部屋の中にも関わらず、天井は無く、広さも広大だ。


「まさか、充とタイマン張る事になるとはなぁ・・・」

「その言い方・・・お前もしかして元ヤンか?」

「そのまさかだ。」

「そうだったのか・・・まぁいいや。俺も引きたくても引け無いんだ。」

「・・・光の為、か?」

「・・・そうだ。最初に言っておくが、俺は光が好きだ。いや、好きだと思っていた。」

「ん?今は違うのか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃなかったんだ・・・」


 充は独白した。

 己の感情を。


「俺があいつを好きになったのは、去年の冬頃だ。」

「・・・」

「だが、あいつの目にはお前しか映ってなかった。お前は気がついて無かったみたいだがな。」

「・・・まぁ、な。」


 健流はバツが悪そうな顔をした。


「それで、俺は光を応援しようとした。惚れた女だ。幸せになって欲しいじゃないか。」

「ああ、それはわかる。」

「だけど、今年に入って、如月さんと灯里さんが来た。そして、その二人はどうもお前の事が好きらしい。」

「・・・」

「だから、俺は光をなんとかお前の彼女にしようとした。そんな時、魔女に巻き込まれた。段々と壊れていく光をなんとか留めようとした。実際留まっていたと思う。だけど、気がついちまったんだよ。」

「何にだ?」

「俺の感情は恋愛ではなく・・・どっちかって言うと、親が子供を守ったり、兄が妹を守る感情に近いってことを、だ。」


 充は自嘲気味に言った。


「おかしいと思ったんだ。普通なら、俺はお前に嫉妬の感情を向けないといけない。しかし、一向にそれが芽生えない。それどころか、本心で応援しようとする。他の誰かが光と付き合うくらいなら、お前みたいに良い奴に付き合って欲しいってな。違和感を感じた。俺はあいつを抱きたいとかっていう性的な目を一切向けていない、向けられない。ふと、思った。これって恋愛感情なのかってな。それに気がついたのは、ここに来てからだ。」

「・・・そうか。」

「健流。俺は魔女に脅されている。だから今から本気で戦うが・・・もし、俺が勝っても自害するつもりだ。あいつの事は頼むよ。」

「・・・」


 充は健流を真剣に見る。

 健流は・・・


「馬鹿言え。」

「えっ?」


 健流は鼻で笑った。

 充は呆気に取られる。


「良いか?俺の・・・俺たちの目的は魔女をぶっ倒し、全員で無事に帰る事だ。そんなかにはお前も含まれてんだよ。勝手に死んだことにすんじゃねぇ。安心しろ。姫乃や灯里がきっと光を助けている筈だ。だから、お前は俺がぶっ飛ばしてでも助けてやるさ!」

「健流・・・」


 健流が笑う。

 その眼差しは力強い。

 充はそれを正面から見た。


「大丈夫だ!お前の身体の事は聞いた。それでもなんとかなるかもしれない。いや、なんとかするんだ!だから、安心して本気を出せ。俺がぶっ倒してやるからな。第一誰が誰に勝つって?なめてんじゃねぇぞ?」


 獰猛に笑う健流に充は笑顔になった。


「ありがとう健流・・・」

「おう!こっからは男臭い時間だ!元ヤンの俺に勝てるか?本気で来い!熱血スポーツ野郎!!」

「ああ!ヤンキーがスポーツマンに勝てると思うなよ!!」

「来やがれ!!」

「行くぞ!!」


 こうしてこちらも戦闘が始まった。




 強化を発動し相対する健流に、充は正面から突っ込む。


「健流!!」

「充!!」


 お互いにノーガードの顔面パンチ。


「がっ!やるな!」

「健流こそ!」


 殴る!殴る!殴る!!


 ノーガードで殴り合う二人。


「はははは!」

「あははは!!」


 どんどん強化が進む健流。

 同じく殴られた側から強くなる充。

 

「「ははははははははははっ!!」」


 どちらも互角だ。

 均衡が破られたのは健流の一撃が充の鼻にモロに入った時だった。

 充は衝撃で数歩下がる。


「ぐっ!?」

「どうした充!その程度か!!」

「舐めるな!こっからはいじくり回されたクソ魔女の力も使ってやる!!」

「おう!どんと来やがれ!!」


 充の腕が倍化する。

 足も、首も、大きくなった。


 その腕で健流を殴り飛ばす!

 健流はふっ飛ばされた。


「どうだ健流!この化け物は!!」


 充が健流に叫ぶ。

 しかし、健流はすぐに立ち上がった。


「けっ!な〜にが化け物だ!!お前が化け物ならこっちだってバケモンだっつーの!!」


 健流の身体から赤いオーラが立ち上る。


「おらぁ!行くぜ!!」

「ぐぅ!?」


 健流の渾身の拳が巨大化した充の胸に突き刺さる。


「どうだ!!」

「・・・お前もたいがい人間やめてるな!」

「ああ、お前と一緒だ!!」


 にやりと笑う健流に、充は目を閉じた。


「・・・健流、ありがとう・・・」


 ボソリと呟く充。

 充は嬉しかった。

 首を切り落とされた時に、感じた人間では無くなったという思い、でも、健流は自分も同じだと言ってくれる。

 その気持が嬉しかったのだ。


「ああ?なんだって?」

「なんでもねーよ!ただ、青春してんなって言っただけだ!」

「か〜やめろやめろ!元ヤンにその言葉は禁句だっての!!んな事より続きだ続き!久しぶりにまともな殴り合いだぜ!血が騒いで来やがる!!」


 ヤンキー丸出しの健流に充が苦笑する。


「・・・お前そんなんだったのな。でも、ちょっとわかる!」

「当たり前よ!男ならわかって当然!ましてやお前みたいに男らしい奴なら尚更だぜ!おら来いスポーツマン!青天にしてやんよ!」

「行くぞヤンキー!!ここの空は白いけどな!」

「うるせー!こまけー事はいーんだよ!!喧嘩だ喧嘩!ぶっ飛ばしてやんぜ?この野郎!!」


 二人は殴り合う。

 どこまでも笑顔で。


 そこに悲壮感は無い。

 壊れかけていた充の心は、怪我に反して癒やされていっていた。

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