第89話 絶望の中で(2)

「くっ!?速い!?」

「灯里!離れなさい!!」


 姫乃と灯里は健流と戦闘中だった。

 しかし、模擬戦と違って、健流の動きはとても速かった。


 今の憔悴した状態で、健流がこれほどの動きを見せるとは思わず、後手に回る姫乃と灯里。

 

「(手加減していられない!!)」


 姫乃は、健流の動きに舌を巻いていた。

 模擬戦では、基本いつも健流を圧倒していた姫乃だったが、現在はかろうじてついて行くに留まっていた。


「はぁっ!!」


 灯里が離れたのを見て、健流に衝撃波を飛ばす姫乃。

 しかし、健流は両手をクロスさせ、どっしり構えたまま受けきった。

 見る限り、大したダメージも与えられていない。

 微動だにしていない。


「(くっ!?なんて頑丈なの!?意識を飛ばそうと思ったのに、まったく効いてない!)」

「姫乃!!」

「!?」


 姫乃がそんな事を考えた瞬間だった。

 目の前にあった健流の姿が無い!!


 ぞくっ!


 姫乃の背筋が凍る。

 思わず転がる姫乃。


 すると、先程まで姫乃が立っていた所を突く、健流の掌打が見えた。

 健流はそのまま姫乃を目で追って、すぐに姫乃を気絶させようと迫った所に、


「舐めるな!!」

「っ!!」


 灯里が飛び込み、健流を横薙ぎにする。

 健流は、バックステップで灯里との間合いを外し、灯里に正対した。


「・・・本気を出した健流が、ここまで強いなんて・・・」

「ええ、一切手加減出来ない・・・どころか、気を抜いたらこっちが気絶させられるわね・・・」


 そうしているうちにも、健流の身体からは色濃く赤いオーラが噴出していき、段々と動きの速度も向上して来ていた。


「まずいわね・・・このまま行くと・・・」

「こちらが負ける・・・」


 二人はゴクリと唾を飲む。

 徐々に強まっていく強化が、これほど脅威とは思っていなかったのだ。


 しかも、健流の理性は進むにつれて低下してきている気がする。


「次で決めるわよ。」

「OK!」


 姫乃と灯里は覚悟を決めた。


 それが伝わったのか、健流も目つきが更にきつくなる。


「廻里流剣術 旋風!!」


 灯里が先行で飛び出し、自らが出来る最速で攻撃する。

 健流は、横薙ぎで来る斬撃をサイドステップで間合い外から回り込み、隙を見せる灯里に体当たりをしようとした。

 

 そこに、


「甘い!」


 灯里と健流の間に鉄柱を出現させる。

 

 ゴンッ!!

 灯里にタックルを仕掛けた健流が、鉄柱に激突すると、鉄柱はくの字に折れ曲がった。


「なんて力なの!?」


 姫乃は驚愕していたが、健流は鉄柱にぶつかったにも関わらず、特にダメージはないかのように、姫乃の方に飛び込んだ。


「!!」


 いきなり自分に進行方向を変えた健流に驚くも、姫乃は健流から間合いを取る為に、短距離転移で咄嗟に鉄柱と自分を入れ替えた。

 

「嘘!?」


 だが、健流は姫乃の姿が消えた瞬間に、短距離転移だと見破り、すぐに後方に方向転換し飛び込んでいた、姫乃の腹部には健流の拳が迫る!


「姫乃!!」


 灯里の叫び声が聞こえる。


「(・・・止められなかった・・・健流・・・ごめん・・・)」


 躱せない。

 そう悟った姫乃の目から涙が溢れる。

 健流を止めてあげられなかった悲しさが溢れてしまったのだ。


 流れる涙をそのままに、姫乃は目を閉じた。

 想い人が、加減しているとはいえ、気絶させようと拳を自分に向ける顔を見たくなかったからだ。

 

 しかし、いつまでたっても衝撃は来ない。

 それどころか、健流は動きを止めている様だった。

 

「な、なんで・・・」


 灯里の驚愕する声が聞こえる。

 ゆっくりと目を開ける姫乃。

 そこには、自分の目の前で、一人の男の子が、健流の腕を掴んで立っていた。


「(・・・誰・・・なの・・・?)」


 その男の子は姫乃が見たことが無い男の子だった。

 

 顔は普通より少し整っている位の普通の男の子。

 特に背も高くなく、体格も中肉だ。

 雰囲気は優しそうな感じ。

 しかし、その見た目に反して、赤いオーラを放つ健流の腕を易易やすやすと掴んで止めていた。


 健流が驚愕の表情をしている。

 すると、男の子はおもむろに、


「こら!自分を守ろうとしてくれてる女の子に手をあげちゃ駄目でしょ?そんな事も忘れちゃったのかな?」


 と、場にそぐわぬ注意を健流にした。

 男の子は、ちょっと怒った表情と、仕方がないなぁという困った顔をしていた。

 

 そんな顔を見せられた健流は、


「・・・兄貴・・・」

 

 泣きそうな表情になってつぶやいた。


*****************************

 満を持して兄貴の登場です(笑)

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