第90話 絶望の果てに

「まったく・・・いつの間に君はそんな格好悪い男になっちゃったの?あんなに優しかったのにさ。」


 健流に兄貴と言われた男の子は、少しきつめなセリフとは逆に、優しそうな表情だった。

 健流はうつむいた。


「龍馬さん・・・どうしてここに・・・?」


 灯里が、男の子に話しかける。

 龍馬と呼ばれた男の子は、灯里を見て、ニコリと笑った。


「ああ、アンジェリカちゃんに頼まれたんだよ。健流くんが苦しんでるから助けてあげて欲しいってね。」

「アンジェリカちゃん・・・」


 姫乃は思わずつぶやく。

 自分たちの長であり、数百年を生きると言われる強者であるアンジェリカをまさかの「ちゃん」呼びである。

 中々の衝撃であった。


 しかし、健流にはそんな事はどうでも良かった。

 今ここに、敬愛する兄貴がいる。

 それも、おそらく自分を止める為だ。


 健流は動揺した。

 既に、掴まれていた腕は離されている。

 龍馬を敵に回してでもこのまま突き進むべきか・・一度立ち止まるか。

 

 そんな時だった。


「さあ、健流くん。始めようか。」


 龍馬はそんな風に健流に言った。

 健流は顔を上げる。

 その表情は困惑していた。


「何を不思議そうな顔をしてるの?君は、前にも、自分の歩みを進めるために、僕に戦いを挑んだじゃないか。」


 龍馬は笑顔のままにそう言った。

 健流はハッとする。

 以前、健流が中学生で、自分が人生で一番腐っていた頃。龍馬に命を助けられた時に、自分が前に進むために、恩人である龍馬に立ち会いを求めたのは自分だった。

 

「前と同じだよ。負けを認めた方の負けだ。良いかな?」

 

 そう言う龍馬に健流は、真剣な表情になる。


「・・・胸をお借りします。兄貴。」


 距離を取って、構える健流。

 龍馬は自然体だった。


「さて、灯里ちゃんたちは、少しだけ離れててくれる?」


 龍馬の言葉に姫乃と灯里は、戸惑いつつも距離を取った。


「よし。じゃあ、いつでも良いよ?」

「行きます!」


 健流は赤いオーラを噴出させながら龍馬に突っ込んだ。

 その速度は、今日一番だ。

 

「「!?」」


 姫乃と灯里は驚く。

 何故なら、龍馬の実力がまだわからないにも関わらず、明らかに全力だからであろう。


 しかし、逆に健流は信じていた。

 自分が尊敬する一人である桜花が、嘘をつくはずがない。

 桜花は、自分の彼氏の実力をちゃんと教えてくれていた。

 桜花をして、「自分よりずっと強い」と言わしめた龍馬が、自分の全力に対応できない筈が無いのだ。


 一気に龍馬との距離が詰まる。


「うりゃあ!!」


 健流が龍馬の顔面に右パンチを放った。

 龍馬は微動だにしない。

 

「(入った!!)」


 健流は直撃を確信した。

 ところが、


「力に振り回されてるね。」


 龍馬は左半身になって躱し、そのまま震脚一つ、左肩をがら空きの健流の右脇腹に当て、体当たり・・・こうを放った。

 ふっ飛ばされる健流。


「ぐあっ!?」

「「!?」」


 姫乃と灯里は唖然とした。

 自分たちですら目で追うのがやっとだった健流の攻撃を、いとも簡単に躱し、ましてや反撃するなど想像も出来なかった。


 しかし、龍馬は平然と、


「さあ、立って。まだやれるでしょ?」


と健流に言い放つ。


「勿論です!!」


 健流は再度立ち上がる。

 次は慎重になって距離を詰める健流。

 距離はまだ5メートルは開いている。

 だが、


「隙だらけだよ。」


 いきなり健流の目の前に拳が現れ、顔面に突きが直撃する。

 一瞬目の前が真っ暗になる健流は、後ろに倒れ込んだ。


 箭疾歩せんしっぽという八極拳の技。

 これは、特殊な歩法により、距離を一気に詰めて、体ごと突きを放つものだ。


「まだやれる?」

「まだまだぁ!!」


 健流は立ち上がる。

 この頃には、健流の表情には、陰鬱とした影は消え、純粋に相手に喰らいつこうというものに変わっていた。


 


 30分が経過した頃。

 既にボロボロになっている健流。

 逆に龍馬はきれいなものだった。

 明らかに隔絶した実力差。


 灯里も姫乃も驚愕したままだった。

 『疾風』を子供扱いした健流の赤いオーラ状態、それすらも意にも介さない程の力。

 自分たちとどれだけ差があるか想像も出来なかった。


 そして、勝負が決まる。


「ふんっ!」

「ぐはっ!?」


 龍馬の放つ鉄山靠てつざんこうで、健流は吹っ飛び倒れ伏した。

 

「どう?すっきりしたかな?」

「・・・は・・・い・・・ありが・・・とう・・・ご・・・ざい・・・ま・・・した。」


 健流は倒れたまま、龍馬を見て礼を言った。

 その顔は、憑物が落ちたようだった。


「そう。じゃあちょっと寝ると良いよ。起きたらしっかり話をしようか。」

「は・・・い・・・」


 こうして健流の意識は暗転する。

 

 

 次に健流が目が覚めた時には、エデン本部の医務室だった。


******************************

 というわけで、今回の友情出演は三上龍馬くんでした。

 圧倒的な実力差。

 それも仕方がない事情があります。

 彼は桜花と共に、裏サイドを担っています。


 おそらく、大きな変動がなければ、今回の件を終えると、メインで戦う事はこちらでは無いと思います。

 

 一応、後一つこちらにおいて重要な役回りがありますが・・・

 戦闘するかどうかはまだ決めかねています。


 勿論、向こうでは戦いますが(笑)

 この話にそぐわない、敵を排除して貰わないといけないので。

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