第80話 悪意の残滓

 健流が部屋に戻ると、難しい顔をしている姫乃と灯里が居た。

 

「あれ?光は?」


 そう健流が言うと、姫乃が小首を傾げた。


「それが・・・いないのよ。荷物も無いわ・・・どこ行ったのかしら?」

「なんだって?なんかあったのか?」

「わからないわ・・・まさか・・・いや、でもあの時、女湯には人の気配は無かったはず・・・」


 姫乃は考え込んでいる。

 本来であれば、歴戦の戦士である姫乃なら、灯里の存在に気付ことが出来た。

 しかし、あの時、女湯には認識阻害が張られており、光がいる事に姫乃も健流も気づいていない。


 そんな時だった。


 ピロンッ


 健流の携帯が鳴った。

 メールの通知だ。

 携帯を確認する健流。


「光からだ。」


 急いで内容を確認してみると、


『急にいなくなってごめんなさい。ちょっと、家から連絡があってすぐに帰らなくちゃ行けなくなったの。迎えが来てたから、先に帰るね。ごめんね?』


 との内容だった。


「おいおい・・・えらく急だな。」

「そうね・・・誰かの葬儀か何か入ったのかしら・・・」

「まぁ、良いじゃん。変な事に巻き込まれてたわけじゃ無いみたいだしさ!安心したよ。」


 訝しげな健流と考える姫乃、あっけらかんとした灯里。

 いずれにせよ、3人に出来ることは何も無い。


 食堂に向かい、レーアと会う。


「えっ?光ちゃん先に帰ったの?」

「ええ、そうみたいなんです。何か急用が出来て、家から迎えが来たみたいで。」

「ふーん・・・そうなの。残念ね。」


 レーアは、仲良くなった光と、挨拶も出来ず別れた事に残念そうにしながらそう言った。

 もし、この時に、光に迫る悪意に誰か一人でも気づいていたら、この先の未来も変わっていただろう。

 ここにはレーアがいる。

 『過去視』で確認すれば、最悪の存在が関与していた事に気づけたかもしれない。

 

 だが、残念な事に、四人が気づくことは無かった。

 本来であれば、勘の鋭い灯里が気づいたかもしれない。

 しかし、気づくことは出来なかった。

 正確に言えば妨害されていた。

 

 四人は知らない。

 宿に隠されて刻まれたルーン文字に。

 

 その内容は『欠乏』。


 刻んだ者が込めた意味、それは個人の持つ能力の減少だった。

 このせいで、灯里の能力の根本である『直感』は封じられていたのである。


 四人は、食事を終え、帰路に着く。


「あー!楽しかった!また来ようね!!」

「本当ね。また来ましょう。」

「ああ、そうだな。」

「私も来たいわ・・・次は休暇いつ取れるかしら・・・」


 灯里、姫乃、健流、レーアはそれぞれ呟きながら、賑やかに移動する。


 レーアは当初集合した最寄り駅まで3人を送り、助手席の窓を開けて3人を視る。


「それじゃまた本部でね。楽しかったわ。大和くん、また一緒にお風呂に入りましょうね?」


 そう言ってウィンクした。


「いや、入りませんからね!?」

「うふふ。それじゃね〜!!」


 そんな健流の反応を面白がって、レーアはそのまま車を発信させた。


「・・・健流のスケベ!おっぱい魔人!!」

「健流・・・私の目の黒いうちは、絶対にレーアさんとお風呂には入らせないわよ!!ボソッ(あんなのばっかり見させたら、レーアさんに健流を取られちゃうかもしれないし・・・断固阻止ね!)」


 ジト目で健流を見る二人に、健流はため息をついた。


「お前らな・・・ありゃレーアさんが俺をからかってるだけだっつーの!あんな美人が俺みたいな小僧を相手にするわけねーだろ。」


 健流は成長していない。

 こと女心に関しては。


「・・・へー。美人、ね〜。」

「・・・ほー。私を前にその発言・・・いい度胸ね健流・・・ボソッ(後で覚えてなさいよ?いやって程、普段隣にいる美人が誰かわからせてやる!)」

「な、なんだよ?俺、変な事言ったか?」

「「別に?」」


 気にする必要は無い、そう思って貰うために言ったのに、何故か二人から圧力をかけられ、たじろぐ健流。 


 こうして、3人も帰路に着いた。


 楽しかった温泉旅行もこれで幕引き。

 

 三人はまだ知らない。

 この先に待つ悪意と絶望を。


 それに気がつくのはもう少し先立った。



************************

これで、第5章も終わりです。

後はいつも通り閑話です。

予告としては、


・レーアを美人と言ってしまって姫乃を怒らせた健流。姫乃の行う「わからせ」とは!?

・アンジェリカの憂鬱

・健流の相談〜桜花編〜


の3本です。

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