第54話 裏切りの真相

「・・・え?」


 姫乃は後方から来る足の痛みに驚き、そして、そのまま背中を押されるような衝撃で転倒する。


 唖然として後ろを振り向くと、短剣を手に持った前田が歪んだ笑みで、手を突き出して立っていた。


「・・・どうして・・・」

「・・・ふ、ふふふ、あははははは!やった!やったぞ!これで救える!!」


 前田は狂ったように笑い出す。

 それを姫乃は呆然として見ている。


「どうやら上手く行ったようだな。」


 今度は前から声が聞こえる。

 振り向くと、大勢の強化兵と、大柄な男がいた。

 そして・・・その男は姫乃には見覚えがあった。


「お前・・・お前は!!」

「・・・久しぶりだなアルテミス。こうして見ても今でも信じられん。まさか、あの崖から落ちて、五体満足で生きているとはな。」


 その男は、『蛇』の近くにいた者。

 当時、幹部候補と呼ばれた姫乃の仇の一人だった。


「貴様!蛇はどこだ!!」


 姫乃が犬歯をむき出しにして叫ぶ。

 しかし、男は意にも返さなかった。


「このような所にあの方が来るわけ無かろう。もっとも、今回の作戦を考案したのはあの方だがな。」


 そこで姫乃は悟った。

 今回の件、すべて仕組まれていたのだと。


「今回はそこの『疾風』から話しを持ちかけられたのだ。それを、あの方が作戦の詳細を考え、決行したという事だ。」


 姫乃は前田を睨む。


「前田さん・・・どうして・・・どうしてこんな事を!」


 前田は薄暗い眼差しで姫乃を見て、気味悪く笑った。


「何を怒ってるんだい?僕は君を助けてあげたのに。」

「・・・何を言っているの?」

「君の意思も考えず、あんなクズみたいなDランクのガキを相棒にするなんて、今のエデンの上層部はおかしい!君だって嫌だったはずだろう?だから、あの組織から助け出してあげたのさ!」

「そんなわけないでしょ!!私は自分の意思で健流と組んでいるの!」

「・・・あのガキ、洗脳までしたのか!許せない!今助けてあげるからね。」


 そう言って前田は姫乃に近づく。


「こっちに来ないで!」


 姫乃はそう叫び、異能を発動させようとした。

 しかし、発動しない。


「無駄だよ。君の能力は、この短剣で封じられている。」


 先程、姫乃を刺したと思われる短剣を見せる。

 それは、以前ミハエルが使用した短剣と同じであった。


「・・・その短剣・・・まさか、盗んだ犯人はあなただったの!?」

「そうだよ。君を助ける為にね。後でちゃんと洗脳を解いてあげるからね。でも、その前に、まずは身体で繋がった方が良いと思うんだ。ちゃんと僕のモノにしてから、治してあげるから。」

「・・・狂ってる・・・」


 姫乃は前田が正気を失っている事に、初めて気がついた。


「何を言っているのかな?狂っているのは君の方だよ。だって僕を拒絶したんだから!あのガキのせいでね!!安心して。きっちり身体に教え込んであげるから。誰が君の本当のパートナーかって事をね。」

「ぐっ!!」


 前田は姫乃の髪を掴んで顔を上げさせる。

 姫乃は痛みで顔を歪めたが、すぐに手を振り上げて前田の顔面を殴ろうとした。

 

「おっと。」

「くっ!」


 しかし、その手は、簡単に前田に掴まれる。


「確かに、君の力は凄い。通常時でも、それだけ育った異能のおかげでね。でも、流石に異能が無い状態で、異能を使える僕には敵わない。」


 パァン!


 前田はそのまま姫乃の頬を張り倒した。

 姫乃の口から血が流れる。

 姫乃は前田を睨みつけた。


「可哀想に。そこまで洗脳されているんだね。大丈夫。もう心配ないからね。もう少ししたら、ちゃんと身体の中から綺麗にしてあげるから。」


 前だが姫乃の身体を舐め回すように見た。

 ぞわり、と、した感覚。

 姫乃は理解した。

 この後、前田が何をするつもりかを。


「『疾風』まずは、先にこちらの話を終わらせたい。」


 そう仇の男が前田に言うと、前田はじろりとその男を見た後、ため息をついた。


「無粋だね・・・恋人の逢瀬を邪魔するなんて・・・でも、仕方がないか。これからは僕の上司になるかもしれないんだからね。」

「わかってくれて嬉しいよ。それではアルテミス、俺は、ギガンテス幹部『硬化』のベンジャミンだ。」

「・・・それで?」

「アルテミス。君は危険だ。今回の作戦で、君には退場してもらう。」

「殺すってことかしら?」

「いや、違う。それでは、疾風との取引に違反してしまうからな。」

「じゃあ、どうするわけ?」

「疾風が君を調教してくれるらしいから、それの手助けをしただけだ。」

「・・・調教ですって?」


 そこで、姫乃はじろりと前田を睨む。

 前田はヘラヘラしていた。


「ベンジャミンさん。人聞きが悪いことを言わないで下さいよ。僕は、彼女の洗脳を解いて、元に戻すだけです。それで、一生僕から離れられないように、身体も、精神も僕で埋め尽くして、その上で鎖に繋ぎ、足の腱を切って動けないようにするだけです。」

「・・・本気で言っているの?」

「当たり前じゃないか。僕は君には嘘はつかないよ。」

「(狂ってる・・・)」


 そこで、姫乃はベンジャミンに視線を戻す。


「こんな狂った奴をギガンテスは引き入れるのかしら?」

「別に構わないだろう。それに、疾風は今回の作戦をやり遂げた。それだけの判断ができる状態という事だ。問題なかろう。」

「誰が狂ってるって?」

 

 ガンッ!


「うっ・・・」


 前田は姫乃の頬を殴りつけた。


「洗脳された状態だからって僕が加減すると思うなよ。正気に戻すためなら僕はなんでもやる!」


 ドボッ


「げほっ」


 今度は腹部を蹴り上げた。


「げほっげほっ」

「後でしっかりとわからせてやる。覚悟しておけ。」


 姫乃は倒れ伏して、咳き込んだ。

 目からは涙が出てくる。

 しかし、これは痛みによるものでは無い。


 仇を目の前にし、裏切りに遭い、力を失い、一歩的にいたぶられる。

 悔しくて出てきたものだった。

 

「(悔しい!仇が目の前にいるのに!!パパ・・・ママ・・・ごめんなさい!!)」


 ベンジャミンは、姫乃を見下ろし、鼻で笑った。


「ふん。アルテミスなどともてはやされても、所詮は小娘だな。これくらいの事で涙するとは。愚物にも程がある。」


 ギリィッと音が聞こえそうな程、歯を食いしばる姫乃。

 そして、ベンジャミンに飛びかかろうとした。


 しかし、その前に、前田が立ち塞がる。


「どけっ!!」

「そんな言葉使いをするなんて・・・僕が治してあげるからね。」


 ドスッ


 腹部にめり込む前田の拳。

 

「(・・・た・・・け・・・る・・・)」


 姫乃の意識は暗転した。

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