第53話 緊急事態

「あ?アンジェリカさん?大和だけど、こっちは終わった・・・」

『健流くん!二人共怪我はあるかい!?』

「え?無いけど・・・そんな心配しなくても・・・」


 健流は、アンジェリカの声が逼迫していたので、それほどに心配をかけてしまったのかと思ったのだが、続く言葉に声を失った。


『姫乃くんから連絡が途絶えた!犯人はおそらく前田の可能性が高い!彼が異能を封じる短剣を盗んだ事が判明した!』

「なんだと!?」


 健流の内から焦りと怒りが沸き起こる。

 携帯がミシミシと音を立てた。


「健流?どうしたの?」


 灯里がそんな様子を不思議に思い、小首を傾げる。


「姫乃がピンチかもしれねぇ!」

「!?なんですって?」


 灯里も驚きの表情となった。

 訓練で、自分を圧倒した姫乃が、ピンチに陥っているなど、想像が出来なかったのだ。


「それで!どうなってるんですか!?」

『すぐに、最後に通信が途絶えた地点に増援を送る予定だ!そちらにヘリを回すから、君たちもそこから向かってくれないか?』

「わかった!ここで待てば良いのか!?」

『そうしてくれ!灯里くんにも聞いてくれないか?』


 健流は灯里を振り向く。


「灯里!このまま姫乃を助けに行っていいか!?」

「当たり前でしょ!」

「もしもし!OKだ!」

『わかった!近場の基地から、そちらにヘリを回すから、15分位で着くはずだ!』

「了解!アンジェリカさんはどうすんだ?」

『・・・私はある伝手を頼ってみる。どうなるかわからないが・・・少なくとも、今より酷くなる筈は無い・・・と思う。』

「(この人が戸惑うとは・・・どんな伝手なんだ?)」

『それでは姫乃くんを頼む。』


 通信を切れた。

 姫乃が攫われた。

 健流の心中は荒れ狂っていた。

 

「(どうか無事でいてくれ!)」


 健流は歯をきつく食いしばっている。

 あまりにも力を入れすぎて、唇からは血が流れはじめていた。

 そしてそれは同じ様に握りしめた拳からもだった。

 そんな健流の頬に灯里が手を伸ばす。


「健流・・・落ち着けとは言わない、怒るなとも言わない。でも、怒りをぶつけるのは相手よ。あんたの体じゃない。」

「灯里・・・」


 灯里の慈しむような見たことが無い表情に、健流は一瞬気が緩む。


「それに!」


 灯里の眼差しが変わる。


「前はあたしが助けて貰った。だから次はあたしがヒメノを助ける!だからあんたも気合入れなさいよ!!」


 その眼差しに、健流の表情も変わる。


「ああ、そうだな!その通りだ!この怒りはあの前田って野郎にぶつける!立ち塞がる奴には容赦しねぇ!」

「ええ!その意気よ!!」

「あんがとな・・・」


 健流は灯里に礼を言う。

 灯里は、明らかに入れ込みすぎて、行き場の無い怒りを持った健流をおもんばかっていた。

 そして、健流もその意を汲み取ったのだ。

 

 そんな健流に、灯里は笑顔で、


「別に良いわよ!だってあたしはあんたが好きなんだから!これでヒメノにいなくなって貰っちゃ困るわ!正々堂々奪いとる!これがあたしよ!」


 そう言った。

 健流はあっけにとられるも、苦笑して、


「お前なぁ・・・空気読めよ・・・つーか、本当に、その、なんだ、俺が、す、好き、なのか?」


たどたどしくそう言うと、灯里は当然とばかりに頷いた。


「あったりまえでしょ!隠してどーすんのよ!人間言わなきゃわからない!拒絶されてもそれは今の話でしょ!未来は誰にもわからないんだから!諦める必要も無いし!」


 それは、長い間想い人・・・と、本人は思い込んでいたが、人を想い続けたからこそ言える事だった。

 それを間近で見続けていた健流は、灯里の心の強さに改めて感服させられた。


「それ、未来が見えるお前が言うのか!と、ツッコムべきなのか、兄貴を想い続けたお前だからこそ言えるよな、というべきかわかんねぇな・・・だが・・・」


 そう言って、灯里に向き直る健流。


「ありがとよ灯里。まっすぐ言ってくれて嬉しい。だけどよ、答えは待ってくれねぇか?正直、俺は恋愛的なもんはからきしでな?誰が好きとかわかんねぇんだよ。だから・・・」

「いーわよ。」

「もう少し・・・って、い、良いのか?」


 灯里は腰に手をあて頷いている。

 健流は拍子抜けてしまった。


「すぐに答え出せなんて狭量な事言わないわよ。それに、その結果、あんたが自分の気持ちに気づいて、恋破れても悔いは無いわ!・・・それに・・・」

「灯里?」


 灯里の様子が変わったのを不思議に思い見る健流。


「取られたからって諦める必要無いしね!あんたが、あたし以外と付き合っても付きまとってやるからね!」

「はぁ!?今からストーカー発言かよ!?」

「うるさい!少なくとも、あんたとの付き合い方を変えるつもりは無いわ!良いわよね!?」


 灯里に凄まれて仰け反る健流。

 

「・・・まぁ、良いけどよ。居もしない恋人に、今から義理立てする必要もねぇし・・・」

「よし!言質取った!あんたも男なら、自分が言ったことに責任を取りなさいよ!」

「わ、わかったよ・・・なんでそんな念押ししてるんだ?まったく・・・」


 灯里にはこの時、うっすらと未来が見えていたのかもしれない。

 そして・・・健流はこの時の発言をいずれ後悔する時が来る・・・のかもしれない。


 二人がそんな事を話していると、ヘリが近づいて来た。

 すでに、まわりには、転がっている奴らの回収班も来ている。


「姫乃・・・無事でいろよ・・・今助けに行くからな。」


 そして、二人はヘリに乗り込み、すぐにサポートスタッフの通信が途絶えた場所に向かった。

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