第55話 窮地

「・・・ここは・・・」


 姫乃は目を覚ました。

 薄暗い部屋の仲だった。


 自分がベッドに横たわっている事に気がつく。

 手を動かそうとして、抵抗がある事に気がつく。


 じゃらっと音がしたので、目を向けると、四肢は鎖で繋がれていた。


「目が覚めたのかい?」


 男の声がしたので、そちらを向くと、半裸の前田が立っていた。

 そして、直前に何があったのかを思い出す。

 

「ようやくか。二時間も眠ったままだったね。疲れてたのかな?」

「・・・ここはどこ?」

「ここはさっきの建物の中の一室さ。まあ、あまり綺麗とは言えない部屋だけどね。それでも、ベンジャミンさんが気を使ってくれてさ。」

「・・・気を使う?」


 姫乃には前田が何を言っているのかわからない。

 しかし、前田の表情は徐々に歪んでいく。


「ん?二人の初めてだからね。ちゃんとベッドがある所の方が良いだろうって言ってくれたのさ。いい人だよね。」


 姫乃は、そう言われて、前田が何を言っていたのか思い出し、自分の身体を確認しようと目を向ける。

 すると、自分が下着姿になっているのに気がついた。


「ああ、気がついたかい?いや、まいったよ。出来れば、二人が初めて身体で繋がるわけだし、ちゃんと起きている時にしてあげたくてね。だけど、君が魅力的過ぎて、脱がしている時に、どれだけこのままってしまおうかと悩んだよ。でも、僕は優しいからさ。ぐっと我慢したんだ。嬉しいだろう?」


 姫乃は羞恥よりも、恐怖を覚えた。

 身体のラインを見られたり、下着を見られることなど、訓練などで慣れている。

 しかし、前田の精神は普通ではない。

 そんな者がいる状態で、このような姿で一緒にいる、それだけで恐怖だった。


「・・・どうするつもり?」

「決まっているじゃないか!今から、君の身体の中から浄化するんだ!あのクソガキに騙されている君の心をね!!」


 前田が近づいてくる。

 キッと睨むも、前田は意に返さない。


「(こんなゲスに好きにされるくらいなら・・・)」


 姫乃は、舌を噛んで死のうかと思った。

 だが・・・


「(仇討ちを終えるまで私は死ねない・・・別に私は犯されても気にしない。最後に仇討ちが出来ればそれでいい。)」


 そんな風に考えた。

 しかし、


「(健流・・・)」


 そんな姫乃の脳裏に健流の顔が浮かぶ。

 

 仏頂面の健流。

 苦笑している健流。

 格好いい顔を見せる健流。

 困っている顔の健流。

 情けない顔を見せる健流。

 そして・・・笑顔の健流。

 

 途端に犯されるのが怖くなった。

 何故か、それが健流に対する裏切りに感じたのだ。

 しかし、そんな姫乃の心情など、お構いなしに、前田が覆いかぶさってきた。


「やめて!!」

「今、僕が助けてあげるからね。大丈夫。」

「離して!嫌っ!!やめて!!」

「さあ、僕のモノになるんだ・・・」


 前田が姫乃の胸に手を伸ばす。

 姫乃の目から涙が出てきた。

 今まで、仇討ちに生きてきた姫乃は、場合によってはこういう状況になるのを覚悟して生きてきた。

 それでも、泥を啜ってでも生き延び、仇討ちを完遂しようと思っていたのだ。

 そして、それが出来ると信じていた。

 

 だが、今の姫乃は違った。

 健流の事を知ってしまった今の姫乃には。


「(やだ!やだ!嫌だ!!こんな奴に抱かれたく無い!こんな奴じゃ嫌だ!健流が良い!健流じゃなくちゃ嫌だ!!)」


 そこで、姫乃ははっとした。

 自分が今何を思ったのか。

 ・・・健流じゃなきゃ嫌だ?


 それって・・・


 父親の最後の言葉がフラッシュバックした。


『姫乃。君には幸せに生きる権利がある。僕はそれを守るために戦うんだ。だから、何があっても生き延びて、幸せになってくれ。そうだな・・・正直嬉しくは無いけど、君を守ってくれるような格好いい男の子を見つけるんだ。君が幸せになれるのなら、僕はその子と仲良くするよ。いいね?』


『今はそれでいいよ。その内わかるさ。いいかい?その人の事を考えると、心が暖かくなるような人、それが君を幸せにしてくれる人だ。パパにとっての、ママや姫乃みたいなものだね。』


『そうだよ。それが人を愛するって事さ。さあ、パパはひと頑張りしてくるよ。妃、愛している。姫乃愛しているよ。どうか生き延びてくれ。』


 私・・・健流といると心が暖かくなる・・・守ってくれると言ってくれた・・・私は健流のことが好き?・・・健流を愛している・・・

 そっか、だからこいつじゃ嫌なんだ!

 そうなんだ・・・!


 それに気がついた姫乃は、必死に抵抗を始めた。

 しかし、異能が発動できない今、前田に抑え込まれる。


「無駄だよ。さあ、僕を受け入れろ・・・」

「嫌よ!あんたじゃ嫌!助けて!助けて!健流!!!」


 ドカン!!


 室内に衝撃が響いた。


「っ!!なんだ!?」


 ドカン!

 ドカン!!

 ドカン!!!


 音が段々と近づいてくる。

 そして・・・


 ドオン!!!!


 部屋のドアが吹き飛んだ。

 そちらを見ると、


「姫乃!どこだ!!助けに来たぞ!!」

「健流!!」


 そこには、鬼気迫る表情で、体中から赤いオーラを放つ健流がいた。 

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