第40話 兆し

 Prrrrrrrrr!

 電話の音で、灯里の意識は少し戻る。


「(誰かが話をしている。・・・誰だろ?)」

 

 灯里の身体はまだ、動かない。それどころか、意識も朦朧なままだ。


「・・・はい。・・・はい。えっ?・・・わかりました。小柄だから私でも大丈夫だと思います。」


 そう聞こえた後、灯里はおぶわれたのを感じた。

 気づけばおぶわれたまま外に出ていた。


 火の熱気と、光で、目の焦点が少し戻る。

 そこには、鬼のような形相の健流と、灯里に酷い事をしようとした男が映った。


「(・・・健流だ・・・やっぱり健流はヒーローだった・・・)」


 灯里は、ここに来て初めてホッする事が出来た。

 そんな灯里のぼやけた聴覚が、健流の声を拾う。


「・・・てめぇらがなんなのか知らねぇ。だがな!灯里は生意気なチビだけど頑張り屋なんだ!姐さんに勝とうと努力をやめねぇすげぇ奴だ!そんなあいつを泣かせて、洗脳だと!?ふざけやがって!!ぜってぇぶっ飛ばす!!」

「(ああ・・・健流が怒ってる・・・あたしの為に・・・それに、気づいててくれたんだ・・・あたしが頑張ってる事・・・生意気なチビってのは余分だけど・・・)」


 灯里は、常日頃から、天才だなんだともてはやされていた。

 だが、そんな自分でも超えられない人がいた。

 だから努力した。

 努力して、努力して、痛くても、眠くなっても、疲れても、それでも努力した。

 そんな誰にも見せていない自分を、健流は知っていてくれていた。


「(何よ・・・だったらいつも、もうちょっと、褒めなさいよ・・・)」


 顔を合わせれば喧嘩ばかりの自分たち。

 だから、健流が自分の事を、そんな風に見ていたのなんて知らなかった。


「それがどうした!我々の崇高な使命のための兵士となれるのだ!些細ささいなものだろうが!」


 灯里を攫った男の耳障りな声が響く。

 だが、


「些細だと!?あいつは、俺にとっちゃ大事な喧嘩友達なんだ!てめけらみてえな自己中オナニー野郎どもが傷つけて良い存在じゃねぇ!だから俺が守る!お前らみたいなクソ共からな!」


 すぐに、健流の言葉が耳に入ってきた。


「(・・・大事な・・・友達、かぁ・・・そうだよね・・・あたし、ずっとあの人が好きって言ってたもんなぁ・・・でも、今回の事でわかった。あたしがあの人に・・・ヒーローみたいなあの人に抱いてたのは、憧れなんだ・・・私が、今日、もう自分がいなくなるって思った時に、最後の最後に会いたいって思ったのは・・・健流だった・・・だから、多分あたしが本当に好きなのは・・・)」

 

 灯里は自覚した。

 健流が好きなのだと。


「(あいつは・・・多分、ヒメノの事が好き。自分で気づいて無いみたいだけど。あたしの事は・・・今はまだ友達かもしれないけど・・・あたしを好きになって欲しい。)」


 そんな灯里の視界に姫乃の姿が映った


「健流。そんな雑魚に手こずる様じゃ、あたしには追いつけないわよ。」

「・・・ああ、わかってる。」


 姫乃と健流の会話。

 これが灯里に衝撃を与えた。


「(・・・ヒメノにとってはこいつ雑魚なの?あの子どれだけ強いのよ。・・・そして、健流はそんなヒメノの隣に立とうと・・・追いつこうとしてる・・・あたし、このまま守られてるだけで良いの?・・・いや!良くない!!)」


 先程消えかけた火が、灯里の胸にともった。


「(あたしは、守られてるだけの女じゃない!あたしは健流の横に並び立って!追い越して!ヒメノにも負けない!健流をあたしのモノにする!だったら・・・だったら!)」


 灯里の胸の火が燃え盛り炎となる!


「あた・・・しは・・・」

「!?あなた!大丈夫!?」


 突然声を出した灯里に、エデンの研究員の女性は声をあげる。


「灯里!?大丈夫か!?」


 その声に健流と姫乃が振り向く。


「あたしは・・・あたしは!こんな所で!寝ていられない!寝ていられるか!!あたしは廻里灯里!欲しい物は真っ向からぶつかって奪い取る!!」


 その瞬間、灯里の目が金色に輝いた。

 灯里は理解した。

 自分に目覚めた異能を。


「ありがとうございます。おろして下さい。」

「えっ!?でも・・・」

「早く!」

「は、はい!」


 地面に降り立つ灯里。

 その足取りは軽い。


 ビシッと健流に指を差す灯里。


「健流!よく聞きなさい!」

「あっ?なんだ?今それどころじゃ・・・それより大丈夫・・・」

「一回しか言わないわよ!耳の穴かっぽじってよく聞け!」

「・・・だから!今それどころじゃ!」

「あたし!あんたが好き!!」

「ねぇって・・・はぁ!?」

「ええっ!?」


 灯里の突然の告白に固まる健流、姫乃、研究員、そして、『牙』構成員。

 灯里は続けた。


「だから、守られるだけなんて性に合わない!あんたに追いつき追い越すから!そして・・・」


 今度は姫乃を指差す灯里。

 姫乃は一瞬ビクッとするも、すぐに表情を真剣な物に変えた。


「ヒメノに健流はあげない。」

「・・・なんでそうなったのかは知らない。知らないけど・・・」


 姫乃はそこで灯里を睨みつけた。


「健流は絶対にあげない!あたしの物よ!!」

「違う!あたしのよ!」

「・・・お前ら、今はそれどころじゃ・・・というか、俺は俺のもので・・・」

「「健流は黙ってて!!」」

「!?はいっ!!」


 状況の推移にわけがわからなくなっていた健流は、反論するも二人に圧殺された。


「・・・馬鹿らしい。失礼する!」


『牙』構成員の男が逃走しようとした。


「あっ!逃がすか!」


 健流がそれに気づいて後を追おうとした時、火の勢いが増し、男の行く手を遮る。


「逃がすわけ無いでしょ。」


 姫乃が手を翳してそう言う。


「これがヒメノの力・・・空間干渉?」

「!?灯里さん、あなた!?」


 灯里に生まれた力がそれを理解に導く。

 そんな灯里に姫乃は初めて戦慄した。


「健流、ヒメノ、ここはあたしにやらせて。」


 そして、一歩前に出た灯里。


「いや・・・でもよ・・・」

「大丈夫よ。」


 そう言って、灯里は、敵が使用していた大ぶりのナイフを拾い上げる。


「あたしにも、その、異能?ってのが目覚めたっぽいの。」

「はぁ!?マジか!?」

「・・・やっぱり・・・」


 灯里の言葉に驚愕する健流に、納得する姫乃。


「まずは、リベンジよ。見てなさい二人共!」


 灯里の第二ラウンドが始まる。

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