第20話 姫乃の逆鱗(2)

 表に出てからも、姫乃はプリプリとしていた。

 健流は恐る恐る姫乃に話しかける。


「お、おい。良いのか?あれ先輩だったんだろ?」


 そう言うと、姫乃は鬼の表情で、健流に向き直り、


「良いのよ!何も知らないくせに、健流を見下したりして!あんな人知らない!」


怒気をあらわにそう叫ぶ。


「(いや、お前も俺の事、そんなに知らねーだろ!?)


 そう思った健流であったが、それを口に出せば、更に姫乃を怒らせそうな予感がしたので黙っている。

 姫乃の怒りは止まらない。


「あの人、健流の何を知ってるっていうのよ!ランクがなんだってのよ!健流は命をかけて私を守ってくれたってのに!私の為に強くなろうと頑張ろうとしてるのに!話しかけるなって何よ!!なんでそんな事をあの人に決められないといけないの!?ムカつく!!」


 そこで、初めて前田の何が、姫乃の逆鱗に触れたのか、健流は理解した。

 そして、ふっと笑った。


「何笑ってんの!?あなたが悪く言われたのよ!?」


 姫乃が健流を睨むと、健流は姫乃の頭を撫でる。


「!?」


 姫乃が驚いて立ち止まると、健流は話し始めた。


「俺のために怒ってくれてありがとな、姫乃。」


 そう言うと、姫乃は赤くなって俯いた。


「まぁ、俺は昔グレていた頃、周りから色々言われてたからな。悪口には慣れてんだよ。だから、なんでお前がそんなに怒ってんのか分からなかったんだ。お前がいいヤツだってのはよくわかったから、もう怒るのはやめとけ。お前に俺のせいで、そんな表情させたくねぇ。」


 健流は笑顔でそう言った。

 その表情を見て、姫乃は思い出す。


『姫乃は笑顔の方が似合う』


 彼が、訓練の時にそう言っていた事を。

 その想いが、彼に異能すら目覚めさせた事を。

 姫乃は目を閉じ息を整える。

 

「(私だってそうよ。健流は今みたいな笑顔の方が良いわ。)」


 大きく深呼吸する。

 顔を上げると、姫乃は健流の前でだけ見せる、悪戯っぽい笑顔になっていた。


「そこまで言うなら、美味しいラーメンを奢って貰わないとね!笑顔になるくらい!」


 健流は苦笑いした。


「ははは、そうだな!よっしゃ!じゃあトッピングにチャーシューもつけて良いぞ!」

「何よそれ!私がそんなんで喜ぶと思ってるの!・・・大盛りにしてよね。あと、ライスも!」

「喜んでんじゃねーか!しかも大盛りにライスだと!?・・・お前結構大食いなんだな。」

「うっさいし!能力者はエネルギー消費激しいから仕方がないのよ!馬鹿!デリカシーゼロ!!」

「・・・道端で大盛りって叫ぶ奴がデリカシーって・・・」

「いいから早く行くわよ!」

「・・・あいよ。」


 二人は笑顔で走り出す。

 すれ違う道行く人達には、お似合いのカップルにしか見えなかった。



side前田


「俺が・・・俺よりあんな奴が良いだって!?」


 幹部への任務達成の報告の後、更衣室でそう呟く前田。

 その表情は険しい。


「俺が・・・彼女を・・・彼女の横に立つのは俺だ・・・」


 前田はずっと『アルテミス』とまで呼ばれる姫乃に憧れ、自分のものにしたいと思っていた。

 任務時や、学校での演技の時を除き、いつも無表情の姫乃を笑顔にするのは、自分だと思っていたのだ。


「俺を裏切った・・・こうなったら・・・」


 妄執に取り憑かれる前田。

 更衣室を出て、向かう先・・・それは、先日姫乃を襲ったミハエル達からの押収品がある保管庫だった。


「Aランク能力者の前田だ!幹部からの命令により、部屋の物の回収に来た。」

「そんな話し聞いていませんが・・・」


 部屋を管理する職員は困惑する。

 当然だ。

 そんな話は無いのだから。


「極秘任務だ。末端には話は言っていない筈だ!」

「しかし・・・ルールには・・・幹部の承認と、連絡が・・・」

「くどい!お前のせいで、極秘任務に失敗したら、責任を取って貰うぞ!お前、名前はなんというんだ!?」

「ひっ!?わ、わかりました!どうぞ!」

「さっさとしろ!」


 前田は中に入る。

 そして、すぐに目当ての物を見つけた。


「(能力を封じる短剣・・・これがあれば・・・)」


 前田は、その短剣を握りしめ、部屋を出た。

 職員に口止めをしながら。


 その向かう先は・・・


「(計画を練らなければいけない。チャンスを待つか・・・)」


 彼は破滅へと向かっていく。

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