第19話 姫乃の逆鱗(1)

「・・・如月さん。君は、この組織の最高戦力なんだ。もう少し、相手を考えた方が良いんじゃないかな?」


 そんな前田の言葉。

 完全に健流を見下したものだった。

 健流は思った。


「(これ嫉妬って奴か?まあ、そりゃ、気のある相手がこんな態度とったら、気に入らねぇだろうな・・・ま、勘違いなんだがな。俺は別に姫乃から好かれてるわけでもねぇし。そりゃ、今日は入ったばっかの新人で、顔も見たことねぇだろうし、そんな風になるのもしゃーねーだろうな。)」


 健流は、納得していた。

 姫乃は組織のトップに近しい存在で、最強に近い存在なのだ。

 事実、先程姫乃に負けたのは自分だ。


 自分のように、ポッと出の者が、本来は口を聞いたらいけない存在なのだろう。

 悲しい事だが、組織の中にはそんなルールがあるのだろう・・・そんな風に考えた。

 勿論、健流の思い込みだ。

 組織にはそんなルールは無い。

 ただ、単純に、姫乃が親しい人を作らないように、組織の者から距離を取っていただけなのだ。

 前田の様に、距離を縮めようとする人間は、今は少数派だった。

 あからさまな姫乃の拒絶に、他の者は心が萎えているのだ。


 そんな考えをしていた健流。

 しかし、姫乃は違った。


「・・・前田さん。どういう意味でしょうか?」


 若干怒気を出しながら、前田に問いただす姫乃。

 そんな姫乃の様子に気づかずに、言葉を続ける前田。


「ん?だってそうじゃないか。見た目も普通、顔も見たことがないような奴でしょ?大した事ないだろうし。僕はこれでも、この組織のAランク能力者だ。君のSランクにもっとも近いと言っても過言ではないだろ?こんな奴と僕は比べられない筈だ。君もそう思うだろ?」


 前田は、健流を見て威圧しながらそう言った。

 健流に辞退させようとしたのだ。

 しかし、健流が思ったのは彼の思惑とは全然別の事だった。

 健流にはこの程度、威圧の内に入らない。

 彼は、不良の時に、それなりに修羅場をくぐっているのだ。


「なぁ、SランクとかAランクってなんだ?」


 健流は、前田を無視して、姫乃にランクについて聞いた。

 無視され、眉をピクつかせて健流を睨む前田。

 そんな健流の様子に、姫乃は怒気を収め、笑いをこらえながら答える。


「組織の能力者はね?EランクからSランクまであるの。これは、任務の達成や、持っている能力で決まるのよ。」

「なるほどな・・・ん?俺はどのランクなんだ?」

「さぁ・・・これから決まるんじゃない?」

「ふ〜ん・・・まぁ、どうでもいいか。それより俺腹減ったんだけど。」

「そうね。行きましょうか。」


 そう言って歩きだそうとする二人。


「ちょっと待てよ!」


 それを前田が止めた。

 面倒臭そうに振り返る健流。


「なんすか?」

「ランクを知らないなんて、お前、新人なんだろ?先輩に向かって生意気な態度を取ってるんじゃない!」


 健流に激昂する前田。

 しかし、健流はには微塵も響かない。


「えっ・・・ここそんなルールあんのか?」

「別に無いわよ。」

「・・・みたいすよ?」


 姫乃に確認をした後、前田にそう言う健流。

 

「うるさい!いいからお前は引っ込んでろ!俺が如月さんと食事に行くんだから!お前みたいな奴が如月さんと話すなんて100年早い!金輪際、如月さんに話かけるな!わかった・・・」

「・・・いいかげんにして下さい!」

「っ!?」


 姫乃が怒鳴った。

 その表情は憤怒そのものだった。

 前田は、そこで初めて姫乃が怒っていることに気がついた。


「そ、その・・・如月さん?どうしたの?」

「いい加減にして下さいと言いました!私は今からもこれからも前田さんと食事に行くことはありません!私が一緒に食事に行くとしたら、相棒である健流だけです!」


 前田は、衝撃を受けたように健流を見た。


「た、健流?こいつの事?・・・名前呼びだって?あの如月さんが?それに・・・相棒だって?」

「はい。」

「ちょ、ちょっと待ってよ如月さん!相棒って・・・それは幹部も知ってるのか!?」

「知っているも何も、長から言われた事ですから。それに私も納得しています。」

「・・・嘘だろ?」

「もういいですね、健流、行こう?」

「あ、ああ。(この人放置で良いのか?)」


 健流を引っ張って行くように、姫乃は健流の腕をつかんで本部ビルから連れ出した。

 前田は呆然として動けない。


「嘘・・・だろ?」


 そう呟くのが関の山だった。

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