第10話 健流の選択肢

「大和健流くん。君、『エデン』に入らないかい?」

「・・・え・・・」

「!!」

「そうすれば、君の知らない所で姫乃くんが傷つく可能性が減るし、手助けしてあげられるよ?」

おさっ!!」


 少女の言葉に固まる健流と、少女を睨みつける姫乃。

 少女は姫乃の視線を受けながらも少しも動じる事は無い。


「姫乃くん。わかっているはずだ。」

「っ!!」


 その言葉に、姫乃は悔しそうに俯く。

 健流は、何が何やら分からず、そんな姫乃を首を傾げながら見ている。


「どうかな?そう悪い話しなんかじゃ無い筈だ。そうそう、もし所属してくれるなら、給料も出そう。」

「・・・えっ!?マジすか!?」


 貧乏学生の健流は、異様な食いつきを見せた。

 鷹揚に頷く少女。


「マジだとも。それに、君の境遇は既に把握している。」

「っ!!」

「勝手に調べて悪かったね。でも、組織の長として、関わる者について把握しておかないわけにはいかないのさ。」


 健流の両親はお世辞にも良い親では無く、父親はギャンブル狂い、母親は男遊びが酷く、既に離婚しており、虐待なんかも日常茶飯事だった。

 健流が不良になったのも、親権を持っていたそんな父親に対抗するために強くなったのだ。

 父親は生活保護を受けており、学費だけは役場からの指導でなんとか支払って貰っていた。

 健流は常々独立したいと思って過ごしていたのだ。


「・・・まぁ、別に良い。」

「だから、もし、所属してくれるのであれば、居住地、学費なんかも工面しよう。基本的には学業に専念して貰って構わない。給料は・・・そうだね、学生の内は一般的な大卒の会社員と同一として、卒業後、そのまま就職してくれるのであれば、見直そう。勿論、任務によっては危険手当も出る。多分、目が飛び出る位の額になるよ。税金の手続きなんかもこちらで受け持とう。どうかな?」


 健流は考える。

 はっきり言って魅力的だ。

 すぐにでも飛びつきたい気持ちはある。

 しかし、それ以上に気になることもあった。


「・・・聞きたい事がある。」

「なんでも聞いてくれ。答えられる事は答えよう。」

「なんで俺なんだ?それに俺なんかその変にいる高校生と同じだと思うが・・・足手まといにならないのか?」

「・・・そうだね。まず最初の質問については、姫乃くんを大事に思っているところ、と言っておこう。今はそれだけだね。それに2つ目、君はおそらくなんらかの異能に目覚めている。」

「・・・俺が?」

「そう。でなければ、報告にあった状況で生き残れるわけがない。そして、おそらくその異能は戦闘向きだと思う。だから、君が所属してくれたら、君の任務は姫乃くんと組ませて、相棒になってもらうつもりだ。」

「・・・相棒・・・」


 そこまで話して、少女はじっと健流を見つめた。

 健流は考え込んでいる。

 姫乃はそんな健流を見つめていた。


「・・・少し考えさせて貰える事は出来るか?」

「ああ、いいよ。君の家には治療費こちら持ちで、入院していると言ってある。君には悪いけど、あの親なら見舞いには来ないし、気にしないと思うよ。存分に考えると良いよ。」

「すまねぇ・・・」

「いいさ。それじゃ私達は席を外すよ。」


 そう言って病室から出ていく少女と側突そばづきの女性。

 室内には、姫乃と健流だけが残された。

 お互いに無言が続く。

 

 しかし、意を決したように姫乃が話しかけた。


「ねぇ・・・健流。私は・・・」

「待ってくれ。如月・・・じゃない、姫乃にいくつか聞きたい。」

「何かしら。」

「この仕事は危険か?」

「そうね。この間みたいな荒事は多いと思うわ。」

「なんでお前は危険だって分かってるのに、そんな仕事してるんだ?」

「・・・それは・・・」


 姫乃がまた黙り込む。

 そんな様子を見て、健流はまた口を開いた。


「いや・・・言いづらいなら良いさ。また、気が向いたら話してくれ。だが、お前の望むことなんだな?」

「・・・そうよ。それが私の存在理由だと思ってくれていい。」

「そうか・・・わかった。じゃあ、俺も『エデン』に入るよ。」

「っ!!」

「そうすれば手伝ってやれるんだろ?」

「それは・・・そうだけど・・・でも、危ないわ・・・私は、本当は、健流に危ない目に遭って欲しく、無い・・・だから、さっき反対しようとしたの・・・(どれだけあなたが組織に必要な人材だとしても・・・ね)」


 健流は、そんな風に言う姫乃に呆れながら、


「お前なぁ・・・ブーメランって知ってるか?」

「・・・うっさい。」


 ムスッする姫乃に健流は思わずクスッとしてしまう。


「・・・何よ。」

「いやな?転校して来てから、ずっとニコニコ顔で周りと接して来たお前が、そんな顔も見せるなんてな!ちょっと面白くてさ。」

「・・・っ!良いの!あんたには色々な顔を見られたんだから、これ以上演技しても仕方がないでしょ!」

「くっくっく。やっぱり猫かぶりだったのか。」

「良いでしょ!別に!」

「ああ、良いさ。でも・・・お前たまに焦った顔してる時があるの気づいてるか?」

「えっ・・・」

「やっぱ気づいてなかったのか。多分、それがお前のここにいる目的のせいなんだろうと思う。違うか?」

「・・・そう、かも。」

「だからな。ちょっと手伝ってやるよ。」


 健流がそこまで言うと、姫乃は顔をあげる。

 その顔は、何かをこらえているようにも見える。


「・・・ねぇ。私も一つだけ聞いても、良い?」

「ん?いいぞ別に。」

「なんで付き合いの短い私の為に、そこまでしてくれるの?あの時だって・・・」


 姫乃は思い返す。

 あの時、間違いなく健流は死にかけた・・・死んでいた可能性の方が高かったのだ。

 むしろ、生きている今のほうが奇跡なのかもしれない。


「・・・あ〜その〜なんだ、俺は、頑張ってる奴は嫌いじゃないない、からだな。」


 頭をガリガリとかきながら目を逸らしてそう言う健流。

 本当の理由は言える筈も無い。


「(・・・あんまりこいつの泣き顔は見たくねぇからだ、なんて言えるかっての!しかし、なんでだ?俺はなんでこいつの事をこんなに気にかけてるのか、自分でもわかんねぇ。)


 今まで色恋沙汰を考えていなかった健流は気づいていない。

 自分が既に、姫乃にある感情を持っていることを。


「何よそれ・・・(もうちょっと気の利いたこと言えないの?あれ?なんで私そんな事思うのかしら?)」


 姫乃もまた同じであった。

 両親の敵討ちを第一に生きてきたので、そっちの方面には疎い。

 自分がなんでそんな風に考えるのか、わかっていなかった。


「ま、まぁいいじゃねぇか!とにかく俺は、お前の手助けがしたいんだ!駄目か?」

「・・・別に良いけど。」

「んじゃ決まりだ!これからよろしくな!」


 そう言って笑う健流。

 その笑顔を見て、姫乃は、またこの口と目つきが悪い男に惹かれてしまう。


「ええ、よろしくね。私の事は先輩扱いしなさいよ?」


姫乃もまた笑顔になる。


「なんだよそれ、可愛くねぇの。」

「誰に言ってんの?私は可愛いわよ!」

「はいはい。そうですね。」

「〜っこの〜!」


 「(・・・やっぱ、こいつは泣き顔より笑顔の方がいいな。)」


 そんな事を考える健流。

 健流もまた、姫乃の笑顔を見て惹かれてしまうのであった。

 もっとも、当人達は、惹かれ合っているのに気づいていないが。


 そして、二人はお互いに表情豊かに冗談を言い合う。


 そんな様子を、モニター越しに見ている少女。


「どうやら、上手く行ったようですね。」


 群青髪の女性がポツリと言う。


「そうだね。これで、エースが『エデン』に入った。私達は彼らのサポートを万全にしなければならない。クリミア、わかっているね?」


 長の少女の問いかけに、群青髪の女性が敬々しく礼を取る。


「勿論でございますアンジェリカ様。」

「ここからだよ。『神託』にあった滅びの回避は、ここから始まる。彼の異能が全てを変えるわ。私はそう信じている。」


 少女・・・異能組織『エデン』の長、アンジェリカは、そう独りごちるのであった。



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 これで、一章は終わりです。

 閑話を挟んで、第二章が始まります。

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