第一章 異能

第1話 世は全て事も無し

「くあ〜っ」


 大きな欠伸をして、少年から青年に姿を変えようとしている者が通学路を歩く。

 彼の体躯はそれほど大きくも無いが、小さくも無い。

 黒髪に黒目。

 別段、特筆すべき特徴の無い人間。

 それが、彼、大和健流だ。


「あ〜・・・学校行くのめんどくさい・・・」


 多くの学生がそうな様に、彼もご多分に漏れず、通学するのを面倒に感じる少年だった。

 彼は、学校に着くと、そのまま教室に向かった。

 

「2−A・・・ここか。」


 進級し、本日から高校2年生になる。

 成績は、中の中、まさしく平凡である。


 黒板に張り出してある席次表を見て、自らの席に座る。

 隣はまだ来ていない。

 

「窓際の一番後ろの席か・・・幸先いいな。」


 彼は、ほくそ笑む。

 これで、授業中にこっそり寝ることも、内職する事も可能だ。

 

「おう!大和!一緒のクラスだな!」


 そんな少年に話しかけるクラスメート。

 彼は健流の一年生の時のクラスメートで、友人だった。

 

「おはよう。瀬川。一緒だったのか。今年もよろしくな。」

「おう!よろしく!」


 瀬川充せがわみつるは暑苦しい、部活少年だ。

 野球部に所属しており、成績はあまり良くないが、性格は友達思いの良い性格をしている。


「中々良い席だな大和。羨ましいぜ。」

「瀬川はどこなんだ?」


 瀬川が指を差した方を見ると、そこは廊下側の前から二番目の席だった。


「おお・・・くじ運良いな。」

「皮肉か?絶対そんな事思ってないだろお前。」

「まあな。」

「ちぇっ。良いよなこの席。交換しねぇか?」

「馬鹿言え。ぜってー渡さねぇ。」

「だろうな。くそっ!」


 悔しがる瀬川をニヤニヤと見る大和。

 そこに、もう一人近寄って来る者がいた。


「おっはよ〜!!」


 見るものを笑顔にするような輝かしい笑顔で近寄って行く女の子。

 名を、黒瀬光くろせひかりという。

 彼女も、瀬川と同じで、一年時にクラスメートである。

 茶色気味のショートカットの美少女で、人気もある。


「おう、黒瀬、おはよう。」

「おはよう黒瀬。今日も無駄に元気だな。」

「大和!無駄とは何よ無駄とは!わたしに会えて嬉しいとか、可愛いとか、他に言うことは無いの!?」

「あ〜可愛い可愛い。」

「棒読みで言うな!!」

「相変わらず仲良いなお前ら。」

「瀬川うるさい!」

「お〜こわっ!」


 彼ら三人は仲が良く、遊びに行くことはあまりないが、学校では比較的に一緒にいる事が多い。


「ところで、今日転校生が来るらしいけど知ってる?」

「転校生?知らないな。」

「俺知ってるぞ!野球部の連絡網で来た。なんか凄く美人なんだってよ!」

「へ〜・・・」


 相槌を打った俺に、黒瀬がジト目で睨んで来る。


「なんだよ?」

「なんでもないわよ!馬鹿!!」

「なんなんだ?」

「わかんねぇ。」


 鈍感な二人は気づかなかったようだ。


「席につけ〜!」


 担任が来たので、各々席に着く。

 それを見計らって、担任の教師が口を開いた。


「今日から、このクラスの担任になる、川瀬という。一年間よろしく頼む。そして、今日からこの学年の仲間入りとなる子を紹介する。入れ。」

「はい。」


 とても綺麗な声だった。

 クラスの全員がドアを見る。

 そこから入って来たのは黒髪の長い女性だった。


 見るものを圧倒する美しさだ。

 整った顔立ち。

 スレンダーな肢体。

 細くしなやかな足。

 どこからどう見ても美少女だった。

 

 クラスからため息が漏れる。

 

「挨拶をしてくれ。」

「わかりました。本日からお世話になります、如月姫乃きさらぎひめのと申します。よろしくお願い致します。」


 そう言ってお辞儀をする如月。

 その所作は、見る者をとりこにしているようだ。

 男子はまばたきを止め、女子も見惚れている。


 穏やかそうな感じもあり、古い言い方をすれば、大和撫子のようなと言えるだろう。


「よし、如月の席は、窓際の一番後ろの隣だ。」

「わかりました。」

 

 如月が歩いて行く方向を、一人を除きクラスの全員が見ていた。

 席の前で、如月は大和の方を見た。


「よろしくお願いします。」

「くあ〜っ。ん?ああ、よろしく。」

「・・・・・・」


 大和は欠伸を噛み殺しながら挨拶をする。

 そう、見ていなかったのは大和だったのだ。

 如月は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻し席についた。


「では、ホームルームを始める・・・前に、始業式だな。全員講堂に移動だ。」


 その号令に従って、全員席を立つ。

 

 如月もそれに続く。

 大和は仕方なく立ち上がり、だるそうについて行く。


 そうして、2年生最初の日は過ぎて行った。



 放課後。

 

「凄かったね!如月さん!!」

「だな!大和、良いなお前、如月さんの隣で!」

「ん?そうか?」

「凄い美人だろ!性格も良さそうだし!くそ〜羨ましい!!」


 事実、如月は今日ほとんど、クラスメートに囲まれていた。

 しかし、その中に大和はいない。

 この男はその間、机に伏して寝ていたのだ。


「大和は変わんないんだね!」


 心なし、嬉しそうに黒瀬が言う。


「別に、転校生が来た所で、変わることもないだろ。世は事も無しってね。」

「捻くれ者め。」


 瀬川のそんな言葉を聞きながら、校外に出る三人。


 しかし、そんな大和の言葉とは裏腹に、大和の日常は変わっていく。

 本人が望まないままに・・・

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