第4話 お強請り

「初期職業はこの中から選んでくれたまえ」



【狩人】

 モンスターを狩ることを得意とする

 初期スキル【短剣術】


【探索士】

 探索することを得意とする

 初期スキル【よく見る】


【術士】

 魔法を使うことを得意する

 初期スキル【初期魔法※】

 ※属性ごとに決まっている


【学徒】

 知識を得ることを得意とする

 初期スキル【読書】


【作業者】

 身体の強化を得意とする

 初期スキル【ルーティンワーク】



「あの、実は… 」

「はじめはこの5つの基本職業から選んでもらうことになる。FGSではどのプレイヤーもこの5種類から始めるんだ。まあ、職業が分かりにくければ初期スキルを見るといいよ。職業はスキル習得のためにあるといってもいいからね。さあ、テイマーに近いのはどれだろうね」


 え? ってことは、どれかが近いってことだよな。


 目の前の職場画面に集中する。


 ふむふむ、なるほど、狩人は戦闘系、探索士は調査系、術士は魔法系、学徒は研究生産系、作業者は…ルーティンワーク? なんかよくわかんないけど身体強化系スキルってことでいいのかな。


 スキルを見ていると、画面が二分割されて片方にコリンズさんが映し出される。そしてカメラ目線のコリンズさんが僕に向かって話し出す。


「このFGSでは『スキル』がとっても重要だ。で、そのスキルを最も効率的に習得する方法が『職業』に就くことなんだ。職業に就くことで、付随するスキルを一つ以上無条件で覚えることができる。加えてその職業特有のスキルも新たに覚えやすくなったり、さらにそのスキルの成長率も高くなるんだ。そしてスキルが増えて成長すればそれだけ行動の幅も広がり活躍の機会が増える」


 なるほど。選ぶ職業で将来活躍する場面が決まると。じゃあ、テイマーに近いのは… って違う、そうじゃない。早くやり直しをしたいことを伝えないと。


「ちなみに新しい職業は、『プレイヤーのレベル』、『特定のステータス値』、『特定スキルのレベル』、『FGS内で行った特定の行動』によって解放されることになる。だから、いろんな方面の職業を経験して珍しい職業を探すもよし。1つの職業をとことん極めて上級職を目指すもよしだ。君だけのオリジナルストーリーを創造していくんだ」


 僕だけのオリジナルストーリー。なんか凄く心に響くな。エルフのテイマーでかっこいい鳥なんかを肩に乗せて…


「そう、君だけのストーリー。季節はまだ新緑のステージなんだ。これからどんな成長を遂げていくかはすべて君次第なんだよ。そしてこの世界も…」

「コリンズ」


 割って入る涼やかな声。視線をコリンズさんの後ろに向けると、それまで黙っていたアマデウスさんがコリンズさんに首を横に振っている。


「おっと、そうだった。ははは、スプラ君を見ていると思い出しちゃうんだよね、なんか雰囲気があの人に…」

「コ・リ・ン・ズ」


「はいはい、わかってますって。じゃあ、スプラ君、君はどの職業を希望するんだい?」


 アマデウスさんの低めの声に手をひらひらさせながら応えるコリンズさん。


「そうですね…えっと…」


 正直言って、人とたくさんかかわる職業は向いてない気がする。何やっても結局ボッチになるだろうしな。じゃあ、とことん一人で完結できる職業を目指したほうがいいよな。ってことは…


「テイマーになるためには何を選んだら近道ですか」


 そう、いろんな役割の魔物をテイムできれば一人で完結できるはず。あのアニメでも主人公はそうやってたし。


「うーんとね、ごめん、わかんない」

「え? わからない?」


「正確に言うとわからないということかな」

「まだ? えっと…」


「説明するとね、これはこのFGSの魅力でもあるんだけど… そうだね、スプラ君はこのFGSは僕達AIによって常に進化していくことは知っているよね?」


 え? 何それ、聞いてませんけど?


「えっと……進化?」


「あ、これも聞いてない? そっか、それじゃあ説明しとくね。このFGSが従来のMMORPGと一線を画すのは、『常時進化型』ってことなんだ。これまでのゲームは定期的なアップデートで情報を取り込んできたけど、FGSでは僕達AIがFGS内でのプレイヤーの行動や、現実世界の情報を随時取り込み、それによってFGSを進化させ続けている。新たな職業はその進化の過程で生み出されていく仕組みだ。あ、ちなみに僕達AI自身もどんどん進化していくからね。AIが成長するから新しい職業もその都度どんどん作られていく」


 え? FGSってそんなすごいゲームだったの? 父さん、そんなすごい物くれたのか… いくらだろ? いったいいくらしたんだ?


「とまあ、こういう理由で、職業について僕からのアドバイスは『とにかく色々とやってみること』ってところかな。で、どうする? 何を選ぶ?」


 そっか、じゃあ狙ってテイマーになったりは難しんだな。でもまあ、テイマーなら魔物と戦ってテイムするんだろうからとりあえずは戦闘系の狩人でいいかな。


「わかりました。じゃあ、『狩人』でお願いします」


「うん、了解。よし、じゃあ次は『属性』の説明だ。属性はプレイヤーの得意属性のことだ。魔法や一部のスキルに影響するし、戦闘時の数値補正にも影響してくるんだ。どれでも選べるけど種族の特性に反しない限りどの系統の属性も選ぶことが出来る。スプラ君は人族だからどの属性でも大丈夫だ。初期に選べるのはこの4属性だけど、どうする?」


 画面から職業リストが消え、次の文字が現れる。


 火属性……火との親和性が高まる。

 風属性……風との親和性が高まる。

 土属性……大地との親和性が高まる。

 水属性……水との親和性が高まる。


 優位性 

 火→風→土→水→火



 うん、これはよくわかる。よくある4すくみのパターンだ。『初期に選べるのは』ってことはこれ以外にも属性はあるんだろう。


「属性は完全に好みですかね」


「ああ、そうだね。どの属性も有利不利があるからね。ただ、職業とは結びつけたほうがいいと思うよ。特に生産系の職業を狙うなら、鍛冶師は火属性、ファーマーなら土属性や水属性なんかがお薦めかな」


 うーん、どうしようか。とりあえずエルフを目指すとしてエルフは植物との親和性が高いはずだ。となると、土、水か。植物と相性の悪い火属性は避けるか。あと弓を使うなら風も必要だろう。でも待てよ、オリジナルストーリーなんだから火属性のエルフってのもありか… あれ? なんで僕キャラ設定進めてるんだ? まだβテスター情報とかも仕入れてないのに決めちゃうのはまずいだろ。


「さあさあ、スプラ君のお好きな属性は何か…」


「あ、あの、コリンズさん!」


「ん? どうかしたのかい」


「実は、事前情報とかβテスター情報とかを仕入れてからよく考えてからキャラ設定したいと思ってて。ここまで説明してもらって申し訳ないんでけど、一通り説明聞いてから一旦ログアウトして情報整理してよく考えてもいいですか?」


「ああ、なんだそんなことか。もちろんいいとも。前にも言ったけど、キャラの再設定には高額なお金が必要だからね、慎重になるのに越したことはないよ。むしろ僕からもそれをお勧めするよ」


 ああ、よかった。「さっき人族と狩人って言ったじゃん」とか言われたらどうしようかと思った。


 じゃあ、とりあえず最後まで説明は聞いていこうかな。とことん詳しく情報を引き出したいしね。あ、そうだ、こんな事言ったらどうだろう。


「ありがとうございます。じゃあ、とりあえず、属性は4つ全てをお願いします」


「え、4つ… かい? それは無理だよ、スプラ君、この属性システムはあえて得意不得意を設定することでプレイヤー戦略の多様化を目指すものなんだ。全属性所持となるとそのシステム自体が機能しなくなってしまうんだよ。そんなことを希望するなんて… なぜか0.2%のプレイヤーが同じこと言ったみたいだけど、なぜそうなるんだ? ま、まあ、属性は特殊イベントや種族進化で増やすことが出来るからね。コツコツ頑張っていけばいつか増やせるようになるよ。だからこの場では1選んだほうがいい」


 まあ、普通そうなるよな。…ん? 待って、0.2%? 僕以外にも全属性欲しいって言ったプレイヤーがいたってこと? 確か一陣のアカウント数は1万人だったはず。その0.2%だと20人。え、20人もいるの? なんで? あ、もしかしてβテスター情報ってやつ? そうだ、きっとそうに違いない。となると実は全属性保持が可能? よし、それなら…


「コリンズさん! どうしても全属性持ちがいいんですけど、何とかなりませんか?」


「だから、それはでき… まあ正直に言うと、他にいろいろ犠牲にすれば2つまでなんとかなる可能性はある。でもそれだと難易度がグンと高くなっちゃうんだ。自分だけハードモードでプレイするなんて嫌じゃないかい?」


 あ、2つまでならできることが判明した。ということはやっぱりそうだ、4属性全部も可能なんだ。問題はその条件なんだろうな。


「ちなみに犠牲にするっていうとどういうことですか?」


「そうだねぇ、例えばステータス値の何割かを犠牲にするとか、初期装備の性能を低くするとか…。ただステータス値はその後の成長にも大きな違いが出るし、初期装備が低性能になれば他のプレイヤーとは数週間分以上の差ができちゃうかもね。直にやって来る二陣プレイヤーにすらあっという間に抜かれちゃうだろう。だから、もしするにしても、これは本当にマニアックな人向けだね。攻略よりも自分一人の世界で独自の道をひたすら歩みたいって人とか? もしそうじゃないなら犠牲制度は絶対に使わないほうがいい」


 へえ、犠牲制度っていう裏技があるのか。そんな仕組みがあるなんて。きっと全属性を強請ねだった人達はこれを知ってたんだな。なるほどね。


「コリンズさん、いろいろ犠牲にしてもいいので、全属性をお願いします!」


「え? スプラ君、僕の話聞いてなかった? あ、よく理解できなかったんだね。じゃあ、もう一回説明…」


「いえ、話を理解したうえで希望してるんです。全属性を犠牲制度でお願いします!」


「…なるほど、そっか、スプラ君はだったのか、そっかあ」


 そう言ってコリンズさんは後ろで佇んでいたアマデウスさんを振り返る。アマデウスさんはそれを見ると一度大きく頷いた。


 僕は瞬時に一人映画館から世界地図の部屋に移動させられた。

 目の前にはさっきまでの人好きな表情が一変して生気のない死んだ魚の目をしているコリンズさんと無表情のアマデウスさん。そしてその横にはずっと身動き一つしない強面の海賊男。

 その3人の姿にノイズが走り、まるで電波妨害に遭った映像のように情景が乱れる。そしてそのまま数秒が過ぎると、僕の頭のすぐ上からマイクのスイッチを入れた時のような「ボフッ」と言う音が鳴った。



『非常に強いご要望と無理難題をいただきましたプレイヤー様に申し上げます』


 おわ、なにこれ? なにこの機械音声? 無理難題? え、もしかしてクレーマー扱い?


『当「新緑のステージ」における初期キャラクター設定では、キャラクターの総エネルギーはプレイヤーの皆さま全員が公平に一律となっております。そのエネルギ―を種族とそれに伴う初期ステータス値、ステータス上昇率、職業とそれに伴う初期スキル・スキル習得率・スキル成長率、初期属性、初期装備、所持品等に割り振ることで、各プレイヤー様がご自分のスタイルで快適に新緑のステージをプレイするうえで支障をきたさないようバランス設定がなされています。各プレイヤー様にはその旨を何卒ご理解の上、本キャラクター設定を進めていただけますようお勧めいたします。』


 頭上で再び「ボフッ」という音が聞こて 無機質な女性の声が聞こえなくなる。


 …………終わった? 終わったよ…ね? ……あー、びっくりした。いきなりアカウント停止になっちゃうかと思った。いや、怖すぎるよ。


 でもそっか、無茶なキャラ設定すると無理ゲー化しちゃうよってことだね。序盤で詰んでしまうのを避けるためのバランスだから崩すなと。


 なるほど、じゃあ、もうこれ以上はお強請りはやめたほうがいいな。さっさとログアウトしてβテスター情報とかも見てみよう。この無機質アナウンスのことも書いてあるかもだし。


 緊張で固くなった体を思いっきり伸ばす。


「じゃあ、どの属性を選ぶ?」


 目に生気を取り戻したコリンズさんが僕に語り掛けてくる。


 たぶん、ここでまた「全属性ください」とか言ったらカスハラ認定食らっちゃったりするんだろうな。AIに無理難題吹っ掛けて負荷を掛けすぎるモンスターカスタマーだとか。ここはまず、調子に乗って全属性をお強請りしたことを謝ってご機嫌を取らないと。カスハラじゃないってところを見せないとね。


「あの、コリンズさん、すみません僕、全属性とか…」

「そうか分かった」

「何度も言っちゃって…え?」


 頭を下げて、お強請りについて謝罪してコリンズさんえを見ると、口を一文字に結んで僕を見つめている。中央のアマデウスさんも眉間に皴を寄せて困り顔。


「え、ちょっ、違っ」

「ごめんね、スプラ君。僕は担当から外れるよ。じゃあね」


 一文字に結んだ口元を緩め、コリンズさんは兜をスッポリ被るとそのまま動かなくなった。


 え、何? なにかとても駄目な感じの誤解が生まれたような……怒った? コリンズさん怒っちゃった?


 どうしたらいいかとアマデウスさんを見ると、アマデウスさん、困り顔そのままに右にいる黒い眼帯をした海賊風の男に向かってゆっくりと頷いた。 


 するとそれまで置物のように身動き一つしなかった海賊風の男がゆっくりと体を動かし始めた。まるで鈍った体をほぐすように肩を回したり、首を左右に何度も傾けたりしている。そして大きく息を吐くと、僕に向かってニヤリと笑う。折れたのか上の前歯が二本欠けている。


 え、なに、この海賊。あ、もしかしてSP的な? 僕って襟首つままれて追い出されるのか? やばい。いよいよ垢BANか。父さん、ごめん。


「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ」


 僕のあれこれ心配する心を見透かしたように、海賊風のマッチョ男は低い声で話してきた。


「俺はレイスってんだ。いやあ、これまで… 9994人も話を聞いてきたんだが、一度も俺の出番が来なくて悲しかったんだ。俺もう引っ込んじゃおうかなってさ。でもお前さんがなかなか粋なことやってくれたおかげでやっと出番が来たってわけだ」


 レイスと名乗った海賊マッチョはそう言うと再び欠けた前歯を見せて笑った。


「お前さんは実にいい。真剣にこの世界で生きようとしている。真に生きるか死ぬかがかかってりゃ、可能性は欲しいはずだよな。お前さんはそれくらい『本気』ってことだ。そんなスリルと本気を求める強欲なお前さんにはコリンズじゃ物足りないだろう。お前さんのキャラは俺が担当してやる。お前さんにぴったりの種族と職業、ステータス、その他全部を選んでやるぜ」


 そう言ってレイスと名乗る海賊マッチョは僕の目を見つめる。

 

 いや、怖いんだけど。てか、まだβテスター情報とか見てないから。ログアウトしてキャラ設定初めからするから。いや、ていうか、どうやってログアウトするの、ちょっと。


 僕があたふたしている間も、海賊は僕の目を見つめている。

 そして目を大きく開いて口角を上げる海賊マッチョ。


「よし、お前さんの種族ほか諸々が決定したぞ。まあ、頑張ってこい。でな」

「は? 決まった? いや、ログアウト……」


 僕の目の前が白い靄に包まれていく。薄らぐ視界の隅でうっすらと海賊マッチョの口元がにやけた気がした。そして僕の視界は暗転した。



――――――――――――――

◇達成したこと◇

・属性の説明を聞く。

・全属性をお強請りする。

・警告を受ける。

・海賊マッチョを起動させる。

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