第5話 表記バグ

 コボコボコボ、ザッブーン 



 目を覚ますと、目の前には抜けるような青空を背景に巨大な噴水がそびえ立っていた。その宮殿のように煌びやかな噴水部分の下には数えきれない程の受け皿が上下左右不規則に並び、頂上から吹き上げる大量の滴を受け止めている。


 周りでは細やかな水飛沫で周りがうっすらと霧状に見え、陽光に照らされたそれらは薄く七色に輝いている。


 うん、これはプロモーション映像にあった光景だ。


 僕はどうやらFGSの世界に来てしまったらしい。まだキャラ決めてなかったのに。βテスター情報見てないのに。どういうこと? もうなにが何だかわからない。


 周りを見渡してみると、目の前の噴水を中心に広大な広場になっていて、所々にパーティーだと思われるプレイヤーたちが集まっている。


 たまに光る地面からは数人のプレイヤーが現れて周りをキョロキョロと見渡している。たぶん僕もあんな感じでこの世界に来たんだろう。


 近くのプレイヤーの様子を横目で伺うと、大きな剣を背負った人、法衣を着ている人、魔法使いの帽子に杖を持った人、背中に弓を掛けている人など様々な容姿をしている。猫の耳やキツネの尻尾が付いている姿は獣人族だろう。


 広場にいるプレイヤーのほとんどがパーティーと思われる仲間と談笑している中、一人でログインした身には居辛さを感じる。


 それを紛らわすために、何かしようと吹上げの止んだ噴水の受け皿を覗き込む。すると受け皿の鏡のような水面には、自分と思われるアバターの姿が映り込んでいた。


「これが僕……」


 肩ほどに垂れる薄い緑の髪に後ろ髪を束ねた美少年。


 それが僕のアバターだった。


 どことなくあどけなさを感じさせる顔に身長は… だいぶ小さいな。どうなんだろ、感覚的には140cmを切るくらいか。他のプレイヤーと比べるにそんなところだろう。


 実際の身長170cmよりかなり低いんだが? コリンズさん±5cmとか言ってなかったっけ? 聞き間違いだったかな?


 ちなみにフサフサな耳や尻尾は生えていない。


 どうやら人族のようだ。よかった。マッチョな海賊のレイスさん、あんな怖い顔して『俺が決めてやった』みたいに言ってたから不安しかなかったんだけど。


 身長は低いみたいだけど人族ならまあ問題ないか。エルフ進化の可能性はあるだろうし。


 自分の様子がわかると多少落ち着き、周りの様子をしっかり観察するゆとりが出てくる。視野も広がったようで、あちこちで地面が光り新しいプレイヤーがちょくちょくログインしてきているのが分かる。そんな彼ら見ていると、皆、目の前の空間をタッチするようにして何かを見ている。


 もしかしてあれってステータス画面かな?


 自分も視界を確認すると、右隅に「!」マークが点滅している。視界の中でその「!」マークに注目すると、僕の目の前に小さな半透明の画面と文字が現れる。


『「ステータス画面オープン」と言葉もしくは思いで唱えると、あなたのステータス画面が開かれます』


 その説明に従って「ステータス画面オープン」と心の中で唱えると目の前に自分のステータスと思われる半透明の画面が現れる。



名前:スプラ

レベル:1

種族:小人族

職業:なし

HP:10

MP:10

筋力:1

耐久:1

敏捷:1

器用:1

知力:1

固有スキル:【マジ本気マジ

スキル:なし

装備:なし

所持金:0G



 えっと、なんだこれ。


 僕の目の前の半透明の画面に表示されているのはおそらく僕のステータス。でもどうやら表記がバグってるらしい。ステータス値全部1とか、なんか笑える。


 確かステータスは人族なら万能型で、各パラメータは基本値ですら10はあったはずで、ポイントを割り振れば最大20まで上げることが出来たはず。全部1とか笑えてくる。そういや中学でこんな成績取った同級生がなぜか自慢気に見せてきたことあったな。


 ステータス値以外も確認する。


 職業……なし

 スキル……なし

 装備……なし

 所持金……0G


「しかしこの表記バグは酷いな」


 その他あるべきものがない。初期能力を犠牲にして一部を強化できるってことはもう知ってるから、一つ二つなくても驚かないけど、さすがにこれは驚くしかない。属性なんて表記すらない。もしかしてそういう仕様か? ま、とにかく、なんにもない。


 自分の体も確認してみる。


 見えるのは、上からグレーの肌着のようなヨレヨレシャツに下は黒のジャージで草鞋わらじ。いや、なぜ草鞋? そして肩には古ぼけたショルダーバック。


 武器や防具らしきものはどこにもない。


 僕は再度周りのプレイヤーたちを見る。


 皆、それぞれ鎧やローブ、武器、パッと見てどんな職業なのかすぐにわかるかなり良さげな装備を身に着けている。


 で、もう一度自分を見る。


 剣は…ない。鎧…ない。兜…ない。なんにもない。


「っていうか、この服。なんかおじさんの普段着みたいじゃん」 


 何となくシャツの裾をめくって見ると、へたくそな字で「れいす」と書かれてあった。


「って、あの海賊マッチョのかよ!」 


 そして、ステータスの中で妙に存在感を放つ固有スキルの【 】を僕が確認しようとすると、周りからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。チラッとその方向を見えると青いマーカーが集まっている。つまりはプレイヤーたち。


「なあ、あいつ、なんであんな格好してるんだ?」

「……どんなキャラ設定したらあんな格好に……」

「ちょっと、聞こえるわよ。……」

 ヒソヒソ

「もう、だから、聞こえちゃうって、フフフ」

 ヒソヒソ


 あれ? これ僕のこと言われてる?? 恰好? いや、これバグだから。違うって。


「あ、これは違うん…くう」


 弁解しようとしてみたけどコミュ障にそんな事できるはずもなく逃げ出す僕。いや、無理だよこんなの。くそう。


 一秒でも早くこの場を離れようと体を動かす。


「あれ、なにこれ、全然進まない」


 必死に足と腕を動かそうとする僕。そしてその隣を緑マーカーを付けた子どもが早歩きで追い抜いていく。おそらくNPCだ。


「ちょ、なんでこんなに遅いんだ。この、この」


 なるべくいいフォームで走れば少しでも早くなるのではと考え、シュパーンシュパーンと腕を振ってみる。が、移動するスピードはこれっぽっちも変わらない。


 それでもシュパーンシュパーンをやり切って、なんとかだだっ広い広場を抜ける。


 そして今度は人気のない道を逃げるようにしてコソコソと進んだ。どこか落ち着ける場所を探して走りまわると、徐々に街並みが途切れてくる。


 そしてやっとのことで小さな小屋のような建物を見つけ、周りにプレイヤーがいないことを確認して中を覗き込む。


 小屋の中は農家の倉庫といった様子で壁にはクワや鎌、スコップなどの農具が立てかけてある。どうやら普通に農屋だったようだ。


 中にもプレイヤーはいないようだ。農屋に入って、ようやく一息つくことができた。すると気分もだんだんと落ち着いてきたので、もう一度ステータス画面を開く。



 名前:スプラ

 レベル:1

 種族:小人族

 職業:なし

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:なし

 装備:なし

 所持金:0G



 うん、表記はバグったまま。


 ん? いやいや、ていういか、もしかしてこれ表記バグじゃないとか? さっき走れなかったのってこの敏捷1のせいじゃない? うそ、てことは、このバグ実際のステータスに反映されちゃってるじゃん。 


 とりあえず大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻そう。スーハースーハー。


 で、ステータス画面をもう一度確認っと。うん、やっぱ気になるのはこれなんだよな。

 


 固有スキル:【マジ本気】



『固有スキル』って書いてあるんだよな。しかもスキル枠とは別になってる。多分かなり特別なスキルなんだと思う。

 そして、臭う。この固有スキルがこのバグの原因なんじゃないかと。



【マジ本気】

 三柱の一人レイスに認められ、この世界を全ての可能性を求めて生き抜く覚悟を持った者に与えられた固有スキル。初期種族は最弱を誇るが無限の可能性を秘める小人族。レベルが上がりにくく、身体能力の成長は見込めない。スキルの習得にはより多くの犠牲が求められる。死に戻るたびに職業、装備、持ち物、所持金、スキル、レベルが初期状態に戻る。


 

 ≪効果≫ 

 ・小人族:初期ステータス減少(極大)、レベル上昇率減少(極大)、スキル習得率減少(極大)

 ・初期職業、初期装備、初期所持品、初期所持金の喪失

 ・死に戻りにつきステータスの初期化



 いや、いろいろ突っ込みたいことが多すぎて…


――――――――――――――

◇達成したこと◇

・FGSの世界に登場

・広場から農屋に逃げる

・ステータスを確認する

・固有スキルに戸惑う


 名前:スプラ

 レベル:1

 種族:小人族

 職業:なし

 HP:10

 MP:10

 筋力:1

 耐久:1

 敏捷:1

 器用:1

 知力:1

 固有スキル:【マジ本気】

 スキル:なし

 装備:なし

 所持金:0G

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