家出なう

ひらた

家出なう

とある冬の話。


きっかけは、本当に小さなことだった。

お母さんとかなり大きな喧嘩をした。

時間は夜8時。

私はついカッとなって家を飛び出した。

お母さんは止めなかった。別にどうでもよかった。


取りあえず、近所の公園に行ってみた。昔ここでよく遊んだなあ、なんて呑気に考える。外の空気を吸ったことによって少しだけ落ち着いたような気がする。でも、家に帰るなんて出来るわけない。帰る気なんて微塵もない。

こういうの憧れてたし。

みんなそうだろうと思ってる。憧れない?夜の公園に一人でいる、なんて。いつもは子供達がいるから、明るくて賑やかなのに。今は真っ暗で誰もいない。そんな公園でブランコに乗る。キイキイ、というブランコの軋む音だけが響いて、なんだか漫画みたいでわくわくする。

漫画ならここでなにか起こるよね。突然美少女が来て「あなたは私たちの世界を救う勇者様です!」なんて言われてそのまま異世界行くとか、イケメンさんが来て恋をするとか。

そう考えて、私にも何か起きてほしくて、少し待ってみた。

何も起きなかった。

ま、そうだよね。当たり前だ。起きたとしても、多分私には何も出来ない。

そろそろ公園にも飽きてきた。子供たちはよくずっと遊べるな、なんて感心する。ブランコから飛ぶように降りるが、ズデッと転ぶ。昔は綺麗に着地できていたのに。自分の衰えを感じた。

次はどこに行こうかな。歩きながら考える。財布は置いてきた。遠くに行くことは難しい。だからすぐ家に帰るだろう。

絶対お母さんはそう思ってる。その予想、裏切ってやる。電車やバス、もちろんタクシーにだって乗れないけれど、私には足がある。歩ける。相棒の腕時計がいる。それに最強の道具、スマートフォンだってある。充電残り20パーセント切ってるけど。

補導されるまで、逃げてやる。


少し広い通りのところに来た。腕時計を見る。まだ20時30分前。

道端にポイとタバコが捨てられていた。しかも火つけっぱなし。危ないなぁと思いながら踏んで消そうとした。踏みとどまった。

拾った。

口をつけた。

齢16の私。衛生面とかなんだとか気にしないで。思い切り吸った。ちょっとむせた。口の中がスースーした。

私はタバコに憧れる系女子だけど、少し悩んでしまう。ほんの少ししか吸ってないし、なんとなくだけど体が蝕まれる感じがした。早死にしそう。

いやでも。この感覚嫌いじゃない。


横断歩道。白線の上を歩く。それ以外の部分を踏んだら死んでしまうから。

想像のことでも、それを望む自分もいた。

馬鹿だと思った。

人がいないのをいいことに、飛ぶように渡る。そのまま空にいけたらいいのに。


またダラダラテクテク歩いて、さっきの公園よりずっと大きい公園にきた。公園大好きかよ、私。と自嘲気味に笑うが、他に行くところがないのだ、仕方ない。

遊具がどれもカラフルだしなんていうか、でかい。高校生の私も遊びたくなる。

ちょっと遊んじゃおうかな。

流石にやめた。1週間後あたり冷静になって思い返したら恥ずかしくなるの間違いない。


様々な遊具の中でも、一番気を引かれたのがドームと滑り台がくっついたような遊具。しばらくこない間にこんなものまで出来ていたのか。ちょっと遊びたいじゃないかくそぅ。まあ遊ばないけど。

そうだ、ドーム滑り台と名付けよう。安直だけど、分かりやすくていい。私天才。

滑り台で遊びたい気持ちを抑え、ドームの中に入る。これで中に先客がいたらすごく気まずい。それこそ漫画的な展開になりそうだけど…。

ですよねいないですよね。

中は暗くて冷たい。外より寒いんじゃないかと思ったけど、風が当たらなくなり、幾分かマシになった気がする。多分。まだ冬なんだ。薄着で出てこなければ、そう、コートぐらいきてくればよかった。でも勢いで出てきたんだし、もともと着ていた薄いパーカーで精一杯。寒い。手なんて凍りそうだ。

ふぅ、と一息つく。少し歩き疲れてしまった。普段リビングとトイレの往復しかしない私には、少しハードすぎたのかもしれない。

冷たい砂の上に寝転がる。猫のように丸まって、自分を抱きしめるように。少し暖かくなった気がする。

ぼんやりと、頭の中を色んな考えがぐるぐる回りだす。歩いている時は考えなくてよかったのに、嫌になる。

どうしようもない劣等感、誰に対するでもない嫌悪、頭の中にいる誰かに対する猜疑心。

このまま眠るだなんて、嫌な夢でも見そうだ。


それからすぐに眠りについた私は、本当に夢を見た。

そこには美味しいご飯があって、顔の見えない家族や友達というものがいて。私の望む当たり前。ずっとそこにいたいと思うような、温かい空間。

このまま、目覚めなければいいのに。


なんて思ってもすぐに目覚めてしまうわけで。

まったく、マッチ売りの少女の気分だ。死んでないけど。でも寝る前よりずっと寒い。このままじゃ本当に死ぬ気がした。

ヘイヘイ腕時計、なんて小声で声をかけて時間を見る。22時。1時間くらい寝たことになるのか。さすが私。この間言ったどこででも寝れるは嘘じゃなくなった。


……


飽きたな。

しばしの無のあと、単純にそう思った。なんか、逃げるのも考えるのもめんどくさくなってきた。

そこからの行動は早かった。

なにもしていないのに充電残り10パーセントを切ったスマホを取り出し、たくさんきていた通知はスルーして母親に電話をかけた。

「もっしもーし」

「あっ、んたどこいるの!?」

「公園」

「どこの!?」

「あのほらあそこ。でっかいとこ」

「ああ…待ってなさい、すぐに行くから」

プチッと通話が切れてから、気づくことがあった。

なんで私、泣いてんだろ。

一筋、頬を流れた涙に気づいたのだ。その途端、私の感情関係なく涙がボロボロ溢れてくる。私別に泣きたくないのに。

無感情のまま生ぬるい涙を拭う。なにやってんだ私。


立ち上がり体についた砂を払う。

トンネル滑り台を出ると、嫌になる程綺麗な月が私を照らした。

ちょっと羨ましいな、なんて。

そんな思っていないことを考えてみたり。私は月にはなりたくない。誰かの光がないと輝けないなんて、悔しいじゃないか。なるならもっとでかく、太陽にでもなってみたい。

なれないけど。


それから数分後。息を切らした母親が迎えにきてくれた。泣きそうになっているお母さんを見ても、なにも思わなかった。大事そうに抱きしめられながら帰る道は、いつもと変わらなかった。


家に帰ると一言。

かえりたい。

口には流石に出さなかったが、そう思った。

家に帰ったところだというのに、私はどこに帰りたいのか。

帰りたいのか。返りたいのか。還りたいのか。

分からないけど、どうせかえるなら私は月にかえりたい。なんとなく、そう思った。


「夕飯できてるわよ。一緒に食べよ」

そう母親に声をかけられ、黙って食卓につく。味が感じられない夕飯を食べながら、また夜の一人散歩をしようと思った。夜は危険がいっぱいだけど。

たまにはリスクを楽しめ。




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家出なう ひらた @unitabenai331

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