第4話 『自暴自棄』
はぁはぁ。
いつの間にか、俺は漫画とラノベに囲まれる自分の部屋に帰っていた。どうやって帰ったかは覚えていない。
部屋に明かりはついていない。
きっと、部屋の明かりは、今の沈んだ気持ちには眩しすぎる。
そう思って、つけなかった。
どうして?俺の中には疑問が湧き出ている。
どうして、俺の悪口を小島君まで言っていたのだろうか?
DQNの奴らは、身内でない奴の悪口を言うのが趣味みたいだと思っている。偏見かもしれないが、そう思っているし、俺と親しい人が俺の悪口を言っていたわけではないからそこまでダメージはない。ノーダメージに近い。
でも、広瀬さんのような『女神』と呼ばれるほどの美少女に言われるのは傷つく。
特に最近は、ちょっとは仲良くなったと思っていたから辛い。
それでも…。それでも、広瀬さんが悪口を言っているのを聞いてしまったくらいならば、ちょっと落ち込むだけで2、3日もすれば回復できると思う。
小島君に、広瀬さんの性格が悪い可能生を聞いていたのもあったし、今もそこまで自分へのダメージはない。
けれど。
何で、小島君まで俺の悪口を言っていたのだろうか?
あんなに仲が良かったと思っていたのは俺だけなのだろうか?
それとも、小島君が悪口を言っていたのは本心ではないのだろうか?
リア充として、DQNや、性格の悪い『女神』に付き合って、俺の悪口を言っていただけだろうか?
"願望"が俺の心の隙に入り込んでくる。
しかし、俺はそれがありもしない"願望"であることを認識していた。
あいつは、仲が良かったはずの『明』のことも話していたのだ。
そして、鼻で笑っていたのだ。
むしろ、あいつこそが黒幕だったのだ。
あいつは、次のターゲットを俺に決めて楽しんでいたのだ。
ターゲットを決めたのは広瀬さんなんかじゃない。
あの性悪、イケメンリア充だ。
どの口で『次のターゲットはお前かもしれないから、気を付けろよ』などと言ったのだろうか?
気付けば、滂沱していた。
暖かい雫が目ん玉から溢れ出てきていた。
ああ、そうか。俺は、友達にまで裏切られたのか。
元カノにも裏切られたし、案外、俺の性格が悪いから裏切られるのかもしれない。
くそっ。
死にたい。
「裏切りが許されるなんて、こんな世界は間違っているよ。そんな間違った世界で生きるなんて、それこそ間違っているよな」
俺はベッドの上からのそりと、起き上がった。
沈んだ気持ちのせいか、身体が重かった。
明日から、どの面を下げて学校に行けば良いんだろうか?
それとも、今日と同じ生活が送れるのだろうか?さっきのコンビニでは誰一人として、悪口を言っていた張本人の俺に、気付いた様子はなかったしな。俺さえ、いつも通りに振舞えば、案外、これまでと同じ生活ができるのかもしれない。
でも、いつまで?
彼は、既に俺をターゲットと決めたのだ。
俺が疲れて擦り切れるまで追い込むつもりでいるのだろう。
きっと、それは、明君のように、俺が退学するまで続くだろう。
だけれど、絶望しかない学校に、今更、行って何になるのだろうか?
悲しくなるだけだ。
『今日も、広瀬と一発ヤりてーとか言っていたしな』
絶望に沈む俺の耳に、DQNの会話がこだました。
この間違った世界でなら、何をしてもいいよな?間違った世界で間違った奴に対してなら何をしてもいいよな?
そもそも、仕掛けてきたのはあいつだし、どうせ、小島とかにも腰を振る、ビッチだろう。一発くらいヤらせてもらってもいいよな?
この時の俺はどうかしていたのだろう。
気付けば、中二病のエロガキの妄想に取りつかれていた。
あまりにも、ショッキングな出来事過ぎて、思考がふわふわしていた。
だから、そんな良識がないことをしようとしてしまったのだ。
俺は、立ち上がって、カーディガンを着た。夏も近づいた5月とはいえ、夜は少々肌寒い。
勉強机にあるデジタル時計を見ると、PM21:03を示していた。
今日は両親ともに出張中だ。
この家には俺しかいない。
とにかく、俺は、この無力感に似た絶望を、身勝手な快楽に置き換えようと外に出た。
だが、所詮はただのクラスメイト。
俺には、『女神』の住んでいる場所がわからなかった。
30分ほど歩いたところで、休憩がてら先程のコンビニに寄った。
ついでに、使う当てのないコンドームを買って、俺は外に出た。
誰でもいいから、ヤりたい。
俺は自暴自棄になっていた。
コンビニを出ると、ちょうど裏口から出る、バイト上がりのセーラー服に身を包むコンビニ店員を見つけた。
顔はわからないが、過度に太っていたり、過度に瘦せすぎていたりしない女だった。
俺はそいつにあたりをつけた。
路地裏で襲ってやる。
そう思った。
…繰り返しになるが、俺はこの時死んでもいいほどの自暴自棄に陥っていた。
そう思えば、天の罰が与えられることになるのも頷けるというものだ。
ぴったりと、その女の後をつけていった。
あの女は俺のもんだ。誰にも渡さない。
そういう意味不明なストーカー男のような思考がどこかにあったのだろう。
あの女が渡っている横断歩道に黒いバンが突っ込んできた時、俺は走り出していた。
キ――――――――。
女が渡っているのを発見するのが遅れたバンがブレーキ音を立てる。
女は、自分に向かってくる黒い巨体に驚いて足がすくんでいた。
普段だったら、他人のことを助けるなんてことはしない。
だが、あいつは、俺の女だ。
誰にも渡さない。
誰かが傷つけるのも許さない。
そんな思いが俺の思考をつつんでしまった。
気付けば、俺は走り出して彼女を突き飛ばしていた。
俺は車に轢かれた。
意識がどこかに行ってしまう寸前、俺は心の中で謝った。
『広瀬さん、名前も知らないコンビニの女の子。ごめんね。こんな、自分勝手な欲望を抱いて。特に、コンビニの女の子は俺に対して申し訳ないとか、ありがとうとかは思わなくていいからね。むしろ、キモいとか罵ってくれても言っていいからね。あと、母さん、父さん。こんな裏切られてばかりの性格の悪い息子でごめんね。それでも、最後に間違いを犯さずに女の子を助けたんだ。結果論に過ぎないけれど、ちょっとは人の役に立てたんだよ。』
俺は死の縁で驚くほど素直になっていた。
そして、意識は真っ黒な闇に溶け込むように消失した。
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