第3話 『新・裏の顔』
俺は、今し方まで悪口に近いことを言ってしまっていた当の本人が目の前にいることに、何も言えないでいた。
「広瀬、わざわざサンキューな!俺らも今、行こうとしていたとこなんだ!」
「そうなんだ!でも、こんなくっさい辺境の地まで来て何をしていたのかね?」
「そりゃあ、男と男が二人でこそこそ話しているってなったら、内容は分かるだろ?」
小島君は、先程言ったことなどまるで忘れたみたいに、冗談混じりに我が校の女神と話す。
「うう~ん。ってことは、やっぱり、恋バナ?私も混ぜてよ」
広瀬さんは、満面の笑みで小島君の問いかけに答える。
俺はというと、動揺を抑えられない。
部室の話は聞こえていたのか?
いや、聞こえていたらもっと怒っているはず。
いやいや、噂通りの人なら部室の話を聞いていたとしても、満面の笑みで俺らと話すこともできるはずだ。
むしろ、この笑顔は”どうやって徹君をいたぶってやろうかな?”とか考えている笑顔かもしれない。
「いや~、広瀬にはこの話は言えないなぁ。なぁ、徹!」
小島君は、俺に話を振ってくる。
動揺するなってことだろう。
「あ、ああ。広瀬さんには言えないな」
「また、徹君、名前で呼んでくらない。ムムム。どうしたら呼んでくれるの?」
目を潤めながら、俺のことを見つめてくる、学年一純粋な瞳に俺は、罪悪感も覚える。いや、小島君の話が本当ならこれは”噓”だ。
信用するな。
「ごめん、ごめん。忘れていたよ。莉奈ちゃん。お詫びに今度、お願い事とかあったら聞くから許して」
「もう。仕方ないなぁ。それにしても、恋バナってどっちの恋バナだったの?」
「そりゃあ、もちろんこいつの恋バナだよ!俺はもう彼女を持っているからな。お前らと違って」
「小島君ってば、ひど~い。私たちにいない恋人でマウントを取るなんて!徹君、私たちは独り身同士仲良くしようね!」
そう言って、俺の手を、思いのほか強く握って歩き出す。
「ひゅー、ひゅー。熱いね~。お二人さん」
「そんなんじゃないですよ!もう、莉奈ちゃんも誰とも手をつないだりしないの!」
「誰とも手をつなぐって私が性に奔放みたいじゃない。そんなことないもん!手をつなぐのなんて、徹君だけだもん!」
ヤバい、めちゃくちゃ可愛い。彼女にしたい。
もはや、騙されてもいい気がする。
大体、あの噂だってもしかしたら小島君が聞き間違えただけかもしれない。
『露瀬 リャーナ』とかいう人とかと聞き間違えたんだろう。…そんな人物がこの学校にいるかは知らないけど。
まあ、俺が顔の広い方じゃないから知らないだけだろう。
きっと、探せばいるのだ。
こんなに可愛い生物が猫を被っているわけがない。
ってか、やっぱり俺に惚れちゃっていない?
もしも、広瀬さんと付き合うことができたらクラス内のマウントが上がるのはもちろん、元カノにもきっと悔しい思いをさせることができるだろう。
こんなに、可愛い彼女ができたから、お前みたいな女狐なんてどっか行っちまえ!って言ってやろう。
…はあ。そんなこと言っても元カノはもう帰ってこないもんなぁ。俺も結構、未練たらしいなぁ。
「そう言えば、広瀬さんは誰かと付き合ったりとかしないんですか?」
「えー。今、それ聞いちゃうの?」
「ええ、ダメでしたか?」
「私だって、好きな人にそういうこと言われると少しだけ悲しくなっちゃうんだからね」
はい!確定。彼女は、俺のことが好き。
「も、もしかして、広瀬さんって僕のことが好きなんですか?」
「ふっふふ。冗談だよ。冗談。私は今は好きな人はいないよ!」
「そうなんですか?」
「うん。そうだよ!」
うん?今はってことは以前はいたのだろうか?
「彼氏がいた経験はあるんですか?」
「むぅ。小島君だけじゃなくて、徹君までマウント取りに来るなんてひどいよ!どうせ、私はチビだし徹君たちと違って、恋人がいた経験すらないですよーだ!」
口をすぼめて、拗ねる女神。
「でも、告白は多いでしょう?付き合ってもいいなって人はいなかったんですか?」
「だって、私に告白してくる人って、『女神』とか私のことを呼んでふざけている子ばっかなんだもん。いじめだよね、これは」
それは、女神が高嶺の花過ぎて、多少、弄りながらじゃなきゃ告白できないだけでは?
真正面から振られる勇気がないといえばそれまでだが、哀れだな。
まあ、フォローはしないけど。
「ははは。そうなんですね!」
*
クラス会はカラオケボックスで行われた。
クラス40人の内、23人が来て3グループに分かれた。
俺は、リア充ヤンチャグループに配属された。
若干、DQNの要素があるグループだ。
唯一の癒しは広瀬さんだけだ。
ここでは、俺も一曲だけ歌った。もちろん、アニソンを歌うなどというヘマはしない。今、最も流行っている女性歌手の曲だ。
…ってこれ、アニソンだったわ。驚くほど流行ったから忘れていた。
まあ、いいだろう。
歌を歌った後は、おしゃべりタイム。
唯一の清純派、広瀬さんを含めて、5人がお手洗いやドリンクバーに行っているのが現状だ。
目の前には、DQN風のバカップルが一組。
俺だけ置いていくなよ!
「そういや、徹、こういう集まりに来るの初めてじゃね?やっぱり、広瀬の色気にやられたの?」
「いえ、そういうわけでは」
「いやいや、噓つくなっての。広瀬はマジで可愛いもんなぁ。俺もあいつと一発ヤってみてーし」
「もー、ケンちゃんはエッチなんだからぁ。それに私じゃ満足できないの?」
「いやぁ。付き合うならミカだけどよぉ。一発くらいヤりてーじゃん」
「もう、どういうことよ!」
「こりゃぁ、男にしかわからねーことだよ!可愛くて、純情な女を思いっきり穢してやりたくなるんだよ!それで、捨てるまでがお約束。徹も、分かるだろう?」
こんなところで話を振るんじゃねー。
とはいえ、逆らうのも怖い。曖昧に頷いとくか。
「ええ、まあ少しだけ!」
「マジで?お前らキモすぎ」
なんだかんだ、クラス会は盛り上がってお開きとなった。
*
ああ、今日は楽しかったなぁ。
広瀬さんの本性とか怖くなったけど、やっぱり、噂はうわさでしかないか。
そういや、お腹が減ったなぁ。カラオケボックスでも、食事は食べたのだが何分、カラオケボックスの飯は正直、美味しくない。
コンビニにでも行くかぁ。
俺は、何の気なしにコンビニへ行く。
コンビニには、入口で、DQNっぽい見た目の人が4人、たむろしていた。
いや、正確に言うと、爽やかな美男美女のカップルと、DQNっぽいカップルのダブルデートにも見える。
とはいえ、つくづく、今日はDQNに縁がある日だ。
俺は、そこをよけてコンビニに入ろうとした。
「今日の、徹君、マジで面白かったんだよ!」
しかし、思いがけず、自分の名前が聞こえた気がして、思わずDQNの会話にそば耳をたてる。
「ちょっと、気のあるような態度をしたら直ぐに赤くなってさぁ」
「マジで、きもかったよな!広瀬と釣り合うわけねーのになぁ!」
「まあでも、徹君の家、お金持ちで、徹君のお小遣いも多そうだし一回、付き合って色々買ってもらうのもありかなぁ、なんて思っているわ(笑)」
「ひでー!」
「そういう、小島君もひどいじゃん!友だちの振りして追い詰めていくなんて!前の子も可哀想だったよね!」
「ああ、明のことか?あれは、お前のせいじゃん」
「ってか、ひどいの二人ともだし!小島は、広瀬と浮気しているわ。友だちの振りするわ!ひどすぎ!まあ、徹がきもいのは否定しないけど!今日も、広瀬と一発ヤりてーとか言っていたしな」
「確かに、言っていたよねー。マジきもかったわー」
親友の小島君と、『女神』の広瀬 莉奈。
それに加えて、カラオケボックスのDQNカップルが俺の悪口を言っていた。
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