第2話 『裏の顔』

翌日、俺はクラス会を心待ちにしていた。

だって、あの女神から直々にお呼びがかかったのだ。

俺でなくとも、ウキウキは抑えられないというものよ。


あの、女神の白雪を思わせるすべすべでシミ一つない手で約束したのだ。

南海トラフ地震が来ようと、伊勢湾台風が来ようと俺はクラス会にいくだろう。


「いやぁ、それにしても徹がクラス会に来るなんてレアじゃねぇの?」


サッカー部のキャプテンを務めるクラスのリア充・オブ・リア充の小島君が声をかけてきた。

彼は、彼女もいてイケメンでリーダーシップもあるということで俺とは別次元の世界に生きる人なのだが、何故か仲がいい。


ちなみに、「小島って、あっち(男性の象徴)の方も小島って感じなのな」というとかなり怒る。トイレ中にそれを言われた小島君は、隣のやつの『あれ』を潰したという逸話もある。

中々、クレイジーな面も持っている人なのだ。…いい奴なんだけどね。


「いえ、僕も今日は暇だったので、たまには皆さんとお話したいと思いまして」


「そう言いつつ、広瀬と喋りたかっただけだろ?」

ニヤニヤした顔で小島君が弄ってくる。う~ん、俺のキャラ的にはここで喋りたかったとか言わない方がいい気がする。


「いえ、広瀬さんは、魅力的ですが喋りたいというほどの魅力はないかと思います」


噓は言っていない。喋るよりも”ムフフ”なことをしたい。指を絡めあったり、あわよくば、舌の方を絡めあったりしてみたい。


「へえ。そうなの?お前も相変わらず、女が嫌いなのな」


「嫌い。というわけではないですが少々苦手なだけですよ」


だって、女なんて、平然と浮気と不倫を繰り返して男を悪者にする生きものだ。

『だって、あの人が暴力を振るうから怖くて○○君の家に泊まっただけだもん』とか、平然と噓をつきやがる。

マジであの時は、あの女を〇してやろうかと思った。


「へえ。広瀬のことも苦手なのか?」


「ええ。少々、ぶりっ子というかそういうところが。ちょっと」


「まあ、確かにあいつはあざといわなぁ」


「ですね」


ポキン


小島君と喋っていると背後で、何かが折れるような鈍い音がした。

振り返ってみると笑顔の広瀬さんが立っていた。

…俺ってばやっちゃった?


「徹君、そういえば莉奈のこと名前で呼んでないよね?ちょっと、距離を感じちゃうからちゃんと、名前で呼んで欲しいな。じゃないと、私だけ、仲がいいと思っているみたいで恥ずかしいじゃん」


唇を尖らせたみたいにして、俺のことを責めてくる。しかし、予期していたのとは逆の方向だった。

もしかして、俺、惚れられている?だって、あんな事言ったのに仲良くしたいなんて


それしかない…よね?


どこでフラグを建てたかわからないが、グッジョブ俺。


しかし、ここで慌ててはいけない。あくまで惚れたままでいてもらわなければならない。こちらが与しやすいと思われると一瞬で興味を失うのが若い女性というものだ。初彼女に尽くし過ぎて振られた経験から、できる限り、冷静な声音を出そうとする。


「じゃあ、莉奈さんって呼ぶね」


「さん付けなんて駄目だよ!莉奈って呼び捨てにするか、莉奈ちゃんって呼んでよね!」


「じゃあ、莉奈ちゃん、今日もよろしくね」


「うん、よろしくね!徹君」

俺を見つめながらニコニコ笑顔で俺のことを見つめてくる。

これは、俺に惚れているやーつ。

そう思ったのは、俺だけではないようだ。


「ほお!やっぱり、広瀬は徹のことが好きなのか?」


「えっ?どうして?私は皆と仲良くなりたいだけだよ!もちろん、小島君ともね」


女神の笑顔がイケメンに向けられる。


ゴメンなさい。彼女は皆と仲良くなりたかっただけみたいです。

女神だもんな。女神は全ての者に、恵みの笑顔を向け、民の曇った表情を晴れさせる。それだけだったみたいだ。

反省。反省。


「…の割には広瀬、俺のことは名前じゃなくて、名字で呼ぶままじゃねーか?」


「う~ん。だって、小島君は可愛い彼女がいるじゃない?だからだよ!」

小首をかしげながら女神は女神の仕事をしている。


「もしかして、広瀬、こいつのことからかってんじゃねーよな?」


「え?どういうこと?」


「こいつに少し気があるような仕草をして、こいつの素直な反応を楽しんでるんじゃねーかってことだよ」


俺のことを指さしながら、小島君は少しだけ真剣な表情を示す。

まったく、女神に対して何をうがった見方をしているんだか。


「そんなことないよ!それに徹君のことは大好きだけど他のクラスメイトと同じで友だちとして大好きなだけだよ!」


そうだぞ。小島君。

女神なのだからクラスメイト全員に優しいのは当然だぞ。


その後、広瀬さん。…もとい、莉奈ちゃんは俺たちのもとから去っていった。



「クラス会の前にちょっといいか?」

帰りのホームルームが終わった後、小島君が少しだけ険しい顔をして俺のことを呼んだ。


「どうしたんですか?」


「ちょっと、広瀬のことで話したくてな」


そう言って、俺をサッカー部の部室に連れていった。


サッカー部の部室は、汗臭い匂いが制汗スプレーで上書きされるという、運動部特有の『男』の匂いがした。


「よし、ここなら大丈夫だろう。まあ、汚いところだけど、座れよ」

そう言って、小島君は木の板にどっさりと座り込んだ。


「ええ、ありがとうございます」


そう言って俺も小島君の隣に座る。


「お前は丁寧な口調のくせにまどろっこしいことは嫌いだったよな?」


「はい」

校長のどうでもいい話とかは嫌いだ。


「じゃあ、単刀直入に言っちまう。広瀬には気を付けろよ」


切れ長な凛々しい瞳で小島君にみられた。

ドキドキしてくる。

恋かな?単に元カノのトラウマから、両刀遣いになっちゃっただけかな?


でも、それだけじゃなくて、言葉の意味もわからなかった。


「どういう意味ですか?広瀬さんは誰にでも優しいですし、良い方ですよね?それとも、高嶺の花だから惚れるなってことですか?惚れませんよ。『女神』は大衆の者ですから」


『女神』は学校中で馴染んでいる広瀬さんのあだ名でもある。


「その、『女神』ってあだ名は半分は揶揄も入っているんだぞ!」


思っているよりも強い口調で小島君は否定の口調で声をだした。


「そう…なんですか?」


「ああ。あいつは、陰口も言うし、いざという時はいじめだってする」


「ですが、そんな噂、全然聞きませんよ」


「そりゃあ、あいつは上手く立ち回るのが上手いからな。そんな、噂にはならない。知っているか?明がこの高校を中退したのもあいつが原因らしいぜ」


明とは、ウザい系の陰キャで、軽くいじめられていた奴だ。そうは言っても、暴力だとかはなかったし、あからさまないじめというほどでもなかった。それなのに、中退していったから皆、不思議がっていた。


「でも、それは嫉妬した女子とかが流したデマとかじゃないんですか?」


「俺が明から直接聞いた。『広瀬に裏切られた』って」


「同姓の違う広瀬さんではないんですか?」


そう言うと、小島は首を振って俺を諭す優しい口調でいった。


「それはない。広瀬 莉奈ってはっきり言っていた。…だから、次のターゲットはお前かもしれない気を付けろよ!」


あまり、信じたいものではなかった。だけれども、小島君の真剣な目からそれが事実なのはわかった。

俺は、気のない返事をして、部室を小島君と一緒に出た。


ガチャリ



「あっ!小島君と徹君だ!探していたんだよ!早くクラス会に行こうよ。遅れちゃうよ」


扉を開けると、『女神』こと、広瀬 莉奈が、サッカー部の部室の前で、獲物を見つけた喜びを嚙み締めるように、満面の笑顔で立っていた。




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