第2話「自分」

 猿から人間になって何が変わったのか、何が進化したのか。人間界において既にそれは研究され尽くされている。

 それを一言で言い表すと、人間は、「自分という認識と意識」を持つ。ということらしい。一般的には自我とも言う。それが人間以外のあらゆる生命体、すなわち大自然の一部である生命体との決定的な違いなのだということらしい。

 

 人間は自分を認識し、結果として他者を認識し、相互の関係性を認識し、さらには社会を認識できる意識を持つことにより、言葉を創り、意味を創り、ルールを創り、善と悪を意識し、思想、哲学、法律などいわゆる文化を発展させるに至った。

 一方必然的に自分、他者、社会の関係性を認識することは、それによる生産性的な効果効率とそれに伴う普遍性を認識することにも繋がり、数学、天文学、気象学、科学、医学などを生み出し、農業、工業、産業、金融経済を生み出し、やがては高度情報化社会のような文明も創り出した。

 自分という認識は自分の感情、情緒という固有性的なものへの探求にも繋がった。喜怒哀楽、真、善、美、愛、これらの感情と情緒への尽きることのない探求は、食べる為、繁殖する為にのみ生きるそれまでの大自然の一部たる生命体に対して、決定的に異なる出力をする生き物としての特徴を有することとなった。

 美術、音楽、文学、その他様々な芸術文化が生まれ、発展し、拡大普及するに至った。


 ただ、ただ「自分」を認識し、意識する、ただそれだけで人間は大自然の存在から離れ、永遠に神に近づく行為をし続けるであろう「不自然」な生き物になってしまった。しかも身体は未だ「大自然」レベルの原始性を残しているという極めて歪な姿のままで。


 食べる、繁殖する為にも生きながら、神に近づく為に生きる。実はそのことが、人間の永遠の重荷になっていくことを人間は始めから予測していた訳ではなかった。全ての人間が何不自由なく食べれて、安全安心に繁殖が出来れば人間はそれで満足できるはず、そういう暗黙の合意の元で人類は長く歴史を作ってきた。神に近づき、神の使徒として振る舞えるのは極めて限られた特殊な能力を持ち、艱難辛苦を超越出来る選ばれた人間だけの行為とされていた。

 しかし、全ての人間が「自分」という認識と意識を有するが為に、食べる、繁殖することを保証されるようになると、それでは終わらず、必ずや神に向かうことになってしまうのである。その仕組みがあらかじめ備わっているということなのだ。人間は誕生した時点で、否応なしにその道を歩むことになってしまう運命を担っているのだ。

 

 際限のない「超越自然」への旅を続ける宿命を持たされた「超越自然」としての人間とその意識。

 20万年の歳月を経て、今日、多くの普通の人間はようやくそのことに気がつき始めた。そしてその途方もないその道へ向かう意識がどんどん大きくなるに連れて、多くの人間が立ちすくんでしまうこととなった。

 新しい居場所も行き場所もよくわからない、その意味さえもよくわからない、そんな不安と恐怖を感じることとなった。

 食べる、繁殖する、そして、、そこからどこに行けばいいの?どこに行けるの?ここで留まっていてはダメなの?何だかみんなはそれなりに進んでるように見えるけど、私は置いてけぼりなのでは?

 いろいろ考えてみたけど、やってみたけど「自分」ってよくわからない、「自分」って何?

 誰もが「自分」を認めることに悩み始め、満足させることに苦しみ、そしてその悩みはどんどん深く、広がっていくこととなった。

さらに追い討ちをかけるように、そこに高度情報化革命技術とそれに支配される社会が発生し、発信•伝達•拡散される情報がまるで巨大な砂嵐のようにあっという間に迷える旅人を覆い尽くしてしまった。

 そして、「自分」はますます見え難くなっていった。


 神というものが何だかわからない存在であるように、神に向かう「自分」というものもやはり本質的には何だかわからないものなのだ。そのわからない神のようなものを解明する為には、そのわからないものが創り出したとされる万物、すなわちこの宇宙というものが何ものなのか究明するのが有効なのかもしれない。

 なぜ、どうして万物は出来たのか、果たして万物とは如何なるものなのか、そこから人間の「自分という意識」の形成にどのような経緯で辿り着いたのか。

 それならば現代の科学では相当のところまで研究されてるらしいので、そこから探ってみると何か掴めるのかもしれない。


次はその方面から謎解きをしてみよう。

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