第5話(前) 裏市
「コカトリスの
プロシアに渡された買ってくるものリストに、ずらっと羅列された品々を見てエネシアは思わず溜息が漏れる。
所謂、Bランク相当とされるモンスターから得られる珍食材は、普段御用にしている商店街には到底流入されない希少なものだ。
「おっ、村長んとこの嬢ちゃんじゃないか。どうだい野菜安くしとくよ」
「うちの肉も今からおまけで50g増量しとくよ」
「うちにもおいで」
とまあ、商店街に入ると気前良い客引き文句が次から次へと飛んでくる。
いつもであれば有難い限りなのだが、今日ばかりは用事がないので突っ切って進む。
昼過ぎなので人混みもそう多くはないのだが、エネシアはこの商店街の馴染み客と化しているので、彼らは声を張り上げ我先にと
「すみません。すみません!」とペコペコ頭を下げながら、やっとのことで商店街を抜け出した。
そのまま先へと進み、とある市場を目指す。
そこは
そういうわけでエネシアは広場を抜けて、更に歩く。
広場ではエネシアほどの子供たちが追いかけっこをしたりして遊んでいたが、今更彼らと一緒に混じって遊びたいと思う感情はエネシアにはなかった。
それからも更に道なりに沿って進み、ようやく現れた曲がり角を右に曲がると、少し寂れた通りに出た。ここをずっと真っ直ぐ行って、突き当たった先に目的地はある。
一心不乱に歩き続けるエネシアが遂に足を止めたのは、冒険者集うギルドの受付所であった。
周囲の冒険者一味に奇異の目で見られながら、受付嬢の元へ真っ直ぐ目指す。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
エネシアが口を開く前に、受付嬢が訊ねてきた。
きっちりとした制服に身を包み、髪を後ろで
「うらいちに、とおしてください」
エネシアがそう言うと、受付嬢は目を丸くした。
しかしその辺りは流石プロ。エネシアには悟られないよう即座に営業スマイルに戻して再びマニュアルを読み上げる。
「併設市場のことですね。大変申し訳ないのですが、一般人での立ち入りは固く禁じておりまして――」
「ちちはカタストロフです」
エネシアの口からカタストロフの名が出たことで、後ろでタバコを
プロも流石に動揺を隠しきれず素の反応になった。
「カタストロフ……、村長ですか?」
エネシアはコクリと首肯する。
エネシアとしては父の権力を翳すのにはどうしても躊躇いがあるが、ここで行使しないことには門前払いを食う羽目になる。
やむを得ない判断だった。
「で……では、こちらにお名前を記入してお待ち下さい」
渡された紙に『エネシア=カトラリー』と書いて返し、待合椅子に座って待つ。
「おい……、カタストロフの娘ってことは、あの子がプロシアっつー嬢ちゃんか?」
「いや……。俺もそうだと思ったんだがな、確かプロシアちゃんは親父に似て
「じゃあ、その妹ちゃんのエネシアちゃんじゃないかしら?」
冒険者一味はエネシアをチラチラ見ながら思案を巡らせている。恐らく彼らはヒソヒソ話しているつもりだろうが、本人には全部丸聞こえである。
エネシアは聞こえない風を装って壁を見つめていた。
八歳にして
「エネシアちゃんって、確かスキル無しの子だよな」
「神に嫌われた子よね」
「かわいそー」
「お待たせ致しました。カトラリー様」
いよいよ話題がエネシアの悪い噂話になってきたところで、タイミングよく受付嬢に呼ばれた。名前でなく姓で呼ばれたことに、エネシアは内心ホッとしていた。
「はい。確認できましたので、こちらのカードをお渡し致します。有効期限は三年ですね」
そう言って渡されたのは、「許可証」とだけ書かれた白いカードであった。
裏市はこの「許可証」がないと立ち入りが許されない。
そもそも裏市というのは、ギルドに併設された市場のことで、そこでは冒険者が狩ってきたモンスターたちから手に入った素材が売られている。
本日のエネシアの目的である珍食材を始め、骨や皮でできた武器や防具が売られていたりと、裏市は冒険者御用達の特別な市場になっているのだ。
最安値のものでも軽く六千Gしたりと、普段の市場で売られている製品のおよそ六倍の金が取引される場所でもあるので、まず滅多な人は立ち入れない秘密市と化しているのも、ここが裏市と呼ばれる理由である。
エネシアは、プロシアから預かった巾着袋の重みを感じつつ市場へと入っていった。
カタストロフから貰ったお小遣いの余りだとプロシアは言っていたのだが、この重みはもはや強奪したのレベルである。
エネシアはプロシアがなにか良からぬことをしでかしていないかと少し不安になった。
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今回の五話『裏市』ですが、文字総数が4500文字超えと、随分多くなってしまいました。
webに上げる以上、最多でも4000文字には収めたいので、今回は前半と後半で分けて投稿します。
後半もすぐに投稿致しますので、しばしお待ちください。
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