第4話 誕生日——それは全ての始まり

「あっつ!」


 エネシアが再び目を覚ましたのは、プロシアがそんな声を上げた時であった。


 起き上がると、ベッドの上でぬいぐるみに囲われていることに気がつき、ここがプロシアの部屋であることを悟る。


 主に掃除をする時くらいしか入ることがなかったので、改めてじっくりと内装を見回すと生けられた花であったり、自分を取り囲む数々の可愛らしいぬいぐるみであったりと、木造りで素朴ではあるものの、年頃の女の子らしい可愛い部屋であることがわかる。


「かわいい……」


 エネシアは、自然とそう溢していた。


 エネシアに与えられた部屋というのは、狭く物置のようなところでこういった装飾を置けるような余裕がない。


 そもそも、カタストロフから奴隷のような扱いを受けていたエネシアには生活必需品以外のものは基本買い与えられていなかった。


 プロシアが買ってくれた語学本があるだけで、狭いはずのエネシアの部屋は逆にここよりも広く感じる。


 自我を半分剥奪された彼女は『羨ましい』と思うことはないが、それでも「かわいい……」と素直に口から出てしまうほどにはまだ子供なのである。


 しばらく寝起きの頭でボーッとしていたエネシアであったが、やがてなぜ自分がこの部屋にいるのかを思い出した。


 急いで部屋を出る。


「あっ、起きたんだ。おはよう」


 勢いよくドアを開けると、両手にミトンをして土鍋のような物を持ったプロシアの姿があった。


「おはようござい……あっ! ……おはよう」

「結構寝てたね。お昼できてるよ」


 プロシアが食卓に土鍋を置き言ってくる。


 確かに窓から差し込む陽の光は寝る前よりも明るくなっており、おそらく昼だろうということが伺える。


 エネシアがこれだけ長いこと寝れたのは幼少期以来であった。


「スクールはどうさ……したの?」


 プロシアが土鍋を持っていることに驚いたエネシアであったが、驚くべきはそこではなく、プロシアがこんな時間に家にいること自体がおかしいのだ。


 本来であればプロシアは学舎スクールに行っており、家にはいないはず。


 そもそもお父様は?


「あっ、今日はテストの日だったから早く帰って来たんだよ。それと、お父さんはもうお仕事」


 エネシアの抱えていた疑問は、全てプロシアのひと繋ぎの答えで解消された。


「取り敢えず、座りなよ」とプロシアが言うのでエネシアは言われるままに椅子に腰掛ける。


「これは……なんですか?」

「お昼ご飯。ほら、今日寒いじゃない? だから鍋作ってみたの。後、敬語やめて」


 プロシアが眉間に皺を寄せて怒ったような表情を作っているが、それよりもエネシアとしては「お昼にお鍋?」という疑問が渦を巻いていた。


 プロシアの考えることはよくわからない。


 そんな彼女は台所から食器、スプーンを持ってきて困惑するエネシアに向かって言った。


「エネシアは気付いてないかもしれないけど、今日はあなたの誕生日なの」


 タンジョウビ……。エネシアは小さな脳味噌で単語帳を引っ張り出し意味を思い出そうとする。


「まあ、気がつかなくて当然か。私も今日お父さんが言ってたのを聞いて初めて知ったわけだし」


 エネシアは寝ていたので知るところのない話であるが、プロシアはあの時カタストロフの部屋に入る前に聞いていた。


 別に盗み聞きしていたとかそういうわけではなく、単にカタストロフの心の叫びが、彼の気づかぬうちに口に出ておりプロシアの耳に入っただけである。


 なので、エネシアを今日から働かせようとする父の魂胆を彼女は知ったのであった。


「だから、今日は八才のお誕生日祝いをしてあげようと思って」


 言いながら小皿に鍋の中身を注ぎ渡してくるプロシアであるが、エネシアには彼女の意図がわからない。


「今日の夕飯は私が作るし、実はサプライズも用意してあるんだよ!」


 伝えた時点でサプライズではないのだが、エネシアは言葉の意味が分かっていないのでセーフである(?)


「でも、それは……」


 悪いよ、と続けようとしたところをプロシアが片手で制した。


「そう言うと思ったよ。だから、エネシアには食材買ってきてもらいます!」

「けいご……」

「私はいいの」


 思わぬところで仕事ができたが、エネシアはどうも釈然としない様子。プロシアの言い方から、自分のためにお祝いをしてくれようとしていることは伝わってきたが、なぜ自分がお祝いされるために食材を買いに行くのかわからない。


「嫌……?」


 プロシアはずるい。


 エネシアが、仕事を与えられた以上断ってはいけないと教えられてきたことを理解した上で、仕事させるという形でエネシアに誕生日祝いの参加をさせてきたのだ。


「……わかった」


 どこか釈然としないモヤモヤを抱えつつもエネシアはそれを承諾する。


「サプライズは、ぜっっったいにエネシアの喜ぶものだから!」


 やけに自信ありありでプロシアが胸を張る。


 エネシアは、その言葉に少し期待を膨らませた。


 いつだってプロシアが「喜ぶもの」と言って渡してくれる物はプロシアにとって本当に嬉しい物であった。


 初めてプロシアから貰った物は例の語学本で、今も暇があれば読んで勉強している。まだ半分しか読み進めていないから、後の半分にサプライズについて書いてあるのだろうか。


 だが、なんとなくエネシアはサプライズを用意してるというのが、いい意味であることを予感していた。


「それより、エネシア一口も食べてないじゃん! 食べてよ〜!」


 プロシアにそう催促され、語彙の海を漂っていたエネシアは食卓に引き戻される。


 プロシアが感想を聞きたそうに見守る中、匙で掬い口にした鍋は……熱かった。




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『スキルのない私にはこれくらいのことしかできません!』四話を読んでくださってありがとうございます!


誠に図々しい限りですが、気に入りましたら応援、コメント、フォローして貰えると嬉しいです!


最新話投稿の活力に繋がります!(切実)

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