第3話 お父さん轟沈

 ふんふんふふーん、ふんふふーん

 

「おい、アイツはどうした」


 プロシアが、火をかけパンの焼き上がるのを鼻歌を歌いながら待っていると、カタストロフが下半身にタオルを巻いただけという半裸姿で出て来た。


 オールバックの赤髪からポタポタと落ちた雫が、隆々と発達した筋肉を濡らし窓から差し込む陽の光によってキラキラと輝いている。


 少女三人分はありそうな横幅も、ただの贅肉ではなく筋肉でできており、引き締まったカッチカチの鋼は防具として意味を成している。


 その誇らしい肉体美をもつカタストロフは、まさに村長として民を統べるに相応しい風貌であるといえよう。


「取り敢えず、何か羽織ってから出て来てって言ってるでしょ」


 しかしプロシアは、その凄まじい筋肉を目にしても何事もなく接して、あまつさえ彼の自慢の上腕二頭筋を平手でバシバシと叩くほどである。


 それはプロシアがカタストロフの実娘ということもあるが、父よりもプロシアの方が強いという力関係にこそ理由がある。


 華奢で可憐な見た目のプロシアは、その見目麗しさに見合わずスキルの扱いが上等であった。


 スキルには、明確な区分けがされていないものの強さによるレベルというものが存在している。


 一般のレベル(例 カタストロフ)であれば、火の粉を最大三十分間出し続けることができるのだが、スキルを極めし、或いは類稀なる天賦の才を持ちし者(例 プロシア)の上等なレベルでは、本人が解除を意識するまでは半永久的に火柱を起こすことが可能である。


 火柱は、年齢を重ねるごとに大きさと数が増えていき、現在十二歳のプロシアは最大で六本の火柱を自在に扱うことができた。


 それは、父カタストロフを遥かに凌駕する。


 故にカタストロフはプロシアには頭が上がらず


「ああ、それはスマン……」


 と、すごすご部屋に帰るのであった。


 部屋に戻り、半裸姿のままカタストロフは今日の日付を確認した。


 机の上に置かれた日付票の示す数字は『十三』となっている。


 今日は、エネシアの生まれた日。


 エネシアが八才となる記念の日であった。


 この国において八才になるというのは大きな意味をもっており、八才を迎えた子供は『神子シェオン』としての扱いを終え、『人子アドラス』として己の生き方を自由に発言できるようになる。


 一つのわかりやすい例が、職業選択の自由だ。


 これは職業を自由に選択することができるということではなく、職業に就くかどうかの判断を本人が決められる、というもの。


 しかし実際、働けるからといって八才からバリバリ働く子供というのはそう多くはない。


 その理由は、これが子供に対しての規則ではないことにある。


 この規則の実のところは『八才を迎えた子供が職業に就こうとするのを、拒まなくてはならない義務を終了できる』というのを意味している。


 よって、大抵の親は「学を得てから働いてほしい」という想いがあり、この規則は半ば意味を成していない。


 そもそもこの規則の制定された大元の理由は、子供も働かないと生きていけないほど生活の苦しい貧民層を救う為なので、カタストロフが統治するこの豊かな村では、わざわざ八才から働かせる意味というのがないのだ。


 なので、プロシアも八才の誕生日を終えているが、職業に就くことなく学舎スクールというところで経済の在り方や財務管理、語学についてを学んでいる。


 プロシア自身、お金と経済のシステムすら知らないまま世に出てもいいように利用されるだけということを分かっているのだ。


 しかし、学舎に通わせるのには相当な金が要る。


 勿論もちろん村長としてこの村一番の権力者たるカタストロフが金を出し惜しみする理由などないのだが、カタストロフにはその金をエネシアに使う気はサラサラなかった。


 エネシアには早いうちから稼ぎになってもらう。


 それがカタストロフのここ数年間の願いであった。


 その念願が今宵、叶うのだ――!


「お父さん、ご飯できたよ」


 カタストロフが部屋の中央で天に拳を振り上げガッツポーズを取っていると、キイと部屋のドアが開いた。


「おい、入る時は――」


 その刹那、超奇跡的にもドアが開いた拍子で部屋に入ってきた風、ガッツポーズをしタオルの結びが緩んでいたということが絡み合い――


 カタストロフの下半身を覆っていたタオルは結び目が解け、ストンとその場に落ちる。


 あらわになる父の下半身、及び男の象徴。


 それを見てしまい娘は一言。


粗末そまつ


 パタリと閉ざされる部屋のドア。


 残されたすっぽんぽんのカタストロフには娘の「粗末」という一言が頭を渦巻いて離れない。


 物心ついた娘に初めて見られたそれは、たった一言の罵倒で評されてしまった。


「ノック――」の「ノ」の字で口が固まった哀愁漂う凍り切ったカタストロフは、もはや村長や立派な父親像という言葉とは対照的で、とてもとても惨めな姿で。


 文字通り、「粗末」なものであった――




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『スキルのない私にはこれくらいのことしかできません!』三話を読んでくださってありがとうございます!


誠に図々しい限りですが、気に入りましたら応援、コメント、フォローして貰えると嬉しいです!


最新話投稿の活力に繋がります!(切実)

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