バウムクーヘン

ぽつねんの竜

バウムクーヘン

タイトル『バウムクーヘン』


真っ白い壁に囲まれた小さな部屋は一つの音で外界と繋がった。

コンコン。

「郵便です。」

男は少々面倒くさそうに応対した。

それもそのはずである。

男は先ほどまでキャンバスと向き合い次の作品の構想を練っていたのだ。

もしかしたら名画となり得る糸口を掴んでいたのかもしれない。

しかし、今、掴んでいるのは一通の手紙である。

そこには、早急にお城に向かえとの内容だった。

男はエプロンから王様と会うのに相応しい格好に着替えた。

 

役人に案内され王様の部屋に連れて来られた。

そこにはこの男以外にも複数人の姿があった。

どうやら、この男が一番最後に到着したらしい。

「皆揃ったようじゃな」

立派に蓄えたあごひげをさすりながら言った。

「実は、ここ最近隣国で話題になってる、とある魚が欲しいのじゃ。噂じゃ動く度に万華鏡の様な鱗が煌めき、その姿は見る者を魅了すると聞いた。」

王様はさらに続けた。

「そこでじゃ、皆に集まってもらったのは他でもない。察しがいい奴もおるが、実はその魚をわしも含め皆の者にも見せたいのじゃ。」

男は思った。褒美はでないのかと。

「ここからは聞いておいて損はないぞ。」

皆がその言葉に耳を傾けた。

「釣って来た者には一生暮らせるほどの褒美をやろう。」

その言葉を待っていた。

「ただし、一番綺麗な魚を持ってきた一人しか受け付けないぞ。さぁ急いで行け。」

男たちは、再び役人に誘導され城を後にした。


真っ白い壁に囲まれた小さな部屋に男は居た。

男はキャンバスに向かわず一冊の本とにらめっこしていた。

「うーん、やっぱり載ってないか。・・・まぁこうしていても時間は過ぎるだけ。」

男はぼそっと呟き、竿を持って海へ出かけた。

小さな防波堤に穏やかな波がぶつかり、ゆっくりと波は向きを変えていく。

数隻の船が向こうで漁の準備をしているのか、しばらくそこから動く様子はない。

男は家から持って来た釣り道具を広げ釣りを始めた。

一つの浮きが頭を出して浮いている。

男は竿を持って浮きが沈むのをただただ見ているだけである。

こんな時に心地の良い音楽でもあれば、少しは退屈しないで済みそうなのに。

波の音、カモメの鳴き声にもいささか飽きていた所である。

竿を戻して、もう一度海へ投げた。

何度やっても結果は同じ。魚釣りは忍耐である。諦めたらそれまで。

男はそう言い聞かせ、褒美を我が手中に納める気持ちが男を駆り立てる。

王様の褒美というエサに男はまんまと釣られている。この場合の魚はどちらなのかという問いは愚問である。

場所が悪いと考えたのかポイントを変えた。

万華鏡のような魚がそんな簡単に釣れる訳がない。それ故に価値があるのだ。

ポイントを移動した先には他に釣り人が三人ほど陣取っていた。

きっと、この男たちも王様の命を受けているのだろう。

男は適当に場所を決め早速釣りを始めた。

場所を変えた所で結果は同じ。

しばらくそこで空想に更けながら浮きが沈むのを見ている。

「どうじゃ釣れてるかい?」

急に話しかけられて、声のする方に振り返った。

少し腰の曲がった老人が杖を片手に立っていた。

「全然だめですね。」

「そうかそうか。まぁ気長に待つことじゃ。」

「はぁ、そんなもんですかね。」

「そういうもんじゃよ。頑張ってくれよ。」

「ありがとうございます。」

老人は男の背後を静かに通り過ぎて行った。

それとほぼ同時に魚が跳ねる音をかき消すように王国の鐘が鳴った。

時計に目をやると針は一つに重なっていた。


自宅に戻り、釣り道具を片付けている。

「今日は釣れなかった。まぁ気長にいくか。」

男はそう言いながら、空のバケツを棚に戻そうとした時、

中に何か入っていることの気が付いた。

「ん?なんだろうこれ」

よく見るとそれは、小さな魚だった。

こんなもの釣ったかなと思いながらも、大きい魚が釣れた時のために買っておいた、大きな水槽に不似合いなその魚を入れて飼うことにした。


しばらく、椅子に座って本でも読んでいたのだがお腹が空いたので、夕食を作ろうと思い立ち上がった。

それとほぼ同時に電話がなった。

誰からだろうと思ったが、男に用事があるのはあいつしかいないと、自然に思った。その考えは当たっていた。

「お、つながった。」

「どうした?なにかあったのか?」

「何もないけど、釣りの様子はどうかなって思ってさ。」

「そっちはどうなんだよ。」

「あー俺か?何匹か釣れたけど王様の言う魚じゃなかったし全部、海に返したよ。」

なるほど。あいつは何匹か釣ったらしい。それに比べてこの男は何も釣っていない。

少し悔しいのか、こんなことを言い出した。

「そうか。俺も何匹か釣ったけど海に返したよ。でも、返し忘れた小さい魚がバケツに入ったままだから飼うことにしたよ。」

「なんだそれ。まだ時間はたっぷりあるんだ。お互い頑張ろうな。」

「ああ。」

電話を終え、夕食づくりに取り掛かった。

何気なく水槽に目をやると、少し大きくなっている気がする。

きっと疲れているのだろうと思い、食べ終えすぐに眠りについた。


朝、目を覚ますと顔を洗い朝食の準備をした。

水槽に目をやると、昨日の気のせいが気のせいではなくなっていた。

一番は初めに見たときよりも、やはり一回り大きくなっていたのだ。

おかしいな。

こんなすぐに大きくなる魚がいるのかと思い、本棚の前に行き、一冊の本を取り出した。

何度ページをめくっても、どのページをめくっても水槽にいる魚は載っていなかった。

本を閉じ、水槽の前に立った。

「おーい。君はなんていう魚?」

返ってくることはないが話しかけてみた。


コンコン。

ドアを叩く音がした。

男がドアの開けようと近づいたが、

「来てやったぞ。」

ドアを開けながらあいつの声も入ってきた。

「いま開けようと思ったのに。」

「まぁまぁ。それより今日は一緒に行かないか?」

「ああ。そうしよう。あっ、この魚知ってる?」

男は、水槽に入っている不思議な魚について聞いてみた。

二人で水槽の前に行きじっと観察してみた。

「うーん。」

しばらく見ても、答えは出なかった。

長い沈黙の後、二人は釣り道具を抱えて海へ向かった。


その日も何も釣れず二人はそれぞれの家に帰った。

「うーん。しかし不思議な魚だ。本にも載っていない、あいつも知らないとなると、もしかしたらこの小さな魚を王様が見たがってるのか?」

小さいのに?

そんな疑問を思いながら、ラジオをつけながら夕食の準備を始めた。

ラジオの音が部屋に響く。

夕食を食べながら、魚を見た。

また大きくなっていた。

男は驚き、急いで水槽の前に立った。

どういうこと?何が起こった?

「あははは。そんな噓すぐにバレちゃうのに。嘘もほどほどにね。」

ふと、ラジオを声が耳に入った。

それからしばらくラジオを聞いていく中で分かったことがある。

この魚は嘘を餌に大きくなること。

あれから嘘を聞き続けた魚は、いまでは小さかったのが嘘のように大きくなっていた。

それに加えて、鱗はキラキラと輝き、見る者を魅了している。

求めていたのはこれか。さっきまでの疑問は無くなった。


「いやぁ。この日を待ちわびたよ。」

王様は相変わらず、あごひげをさすりながら言った。

「では、さっそく見せてもらおう。」

そう言うと、ずらりと横に並んだ水槽に入った魚をまじまじと見る。

その様子を、男含め複数人の参加者が緊張しながら見ている。

「うーん。」

王様の目にはどれも納得いかない様子だった。

一つ見ては横に動く、また一つ見ては横に動く。

「なんじゃこれは。」

一つの水槽の前で止まり、大きな声を上げた。

「こんな魚は見たことがない。これがあの魚なのか。なんと美しい。」

その魚は男が大事に飼っていた魚だった。

みんなでその魚をじっくりと鑑賞した。

「いやぁ素晴らしかった。この男に褒美をあげよ。」

褒美をもらい、嬉しくてその日は眠るのに時間がかかった。


コンコン。

ドアのノックに男は目覚めた。

眠い目をこすりながらドアを開けるとそこには城に使える役人が立っていた。

「今すぐ城に来なさい。」

そう強く言われる覚えはない。

それでも、男は着替え城に向かった。

「よくもやってくれたな。」

なんのこと?その言葉が頭をめぐる。

「お前が昨日持ってきた魚は全然違う魚じゃないか。これを見てみろ。」

役人がそう言いながら、小さなバケツに入った、小さな魚を見せてくれた。

「なんですかこれは?」

男は聞いてみた。

「とぼけるな。あの後、しばらく王様が眺めていると突然こんなに小さくみずぼらしい姿になった。いったい何をした?」

男にもどうしてそうなったかわからなかった。

「なにもしていません。」

魚は少し大きくなった。

あっ。

「ん?大きくなったぞ。」

役人は不思議そうに見ているが、男には見慣れた光景だ。

「どういうことだ。何をした?」

「なにもしてませんってば」

また大きくなった。

「嘘ではないな?」

「はい。嘘はついてません。」

どんどん大きくなる魚はバケツから大きな水槽へと移され、いつの間にか王様に見せた時と同じ姿になっていた。

「またあの姿になったぞ。しかしこれはどういうことだ?」

「ほっほっほ。まだこんな馬鹿が居たもんじゃな。」

そこには、海で声を掛けてきた腰の曲がった老人が立っていた。

「とりあえず逃げないようにその男を捕らえた方が良いぞ。そいつは大噓つきじゃ。」

その言葉を聞いて、男は役人に囲まれ逃げる術を失った。

「どういうことだよ。何か知ってるなら教えてくれ。」

「いいじゃろ。よーく聞くんじゃ。お前が持ってきた魚はある意味では幻の魚じゃ。嘘で大きくなること以外はその辺の魚と変わらん。その事に気づいたお前はそれを良いことに嘘をつき続け、あろうことか王様にも見せた。」

「嘘で大きくなるだと、じゃあ今大きくなっているのは、まさか…」

「そうじゃ、さっきお前嘘をついたな。」

もう隠せない。

男は今までの事を全部、正直に話した。

「この嘘つきが。牢屋に閉じ込めろ。」

役人の言葉に、男は静かに俯き従うしか無かった。


薄暗い狭い部屋の中で、壁にもたれながら考える。

そもそも、釣ってもいないあの魚がなぜバケツに入っていたのか。

思い出そうとしても、思い出せない。

「どうじゃ。嘘をつき牢屋に入れられた気分は?」

もたれながら、首だけ声のするほうに向けた。

腰の曲がった老人だ。何か知ってるに違いない。

男は急いで立ち上がり、鉄柵を挟み老人の前に立った。

「何か知ってるなら教えてくれ。あの魚は…」

「あの魚はキョギョと言ってな。わしが隣国から貰ってきた。そして、参加者全員のバケツに入れた。他の者はみな海に返した。小さくてすぐに食べられてしまうがな。なんせ、嘘が餌だから。」

老人は更に続けた。

「でも、お前は育てた。嘘をつくのはよくない事を身をもって体験出来てよかったじゃないか。これからはちゃんと物事調べてから動くことだな。」

男は自分の未熟さに泣いていた。

「あなたは一体誰なんですが?」

「通りすがりのただの老人じゃよ。」

そういうと、役人のほうに歩きだし、何か伝えている。

それから、役人が近づいてきて、牢屋の鍵が開いた。

「よかったな。もう悪さするんじゃないぞ。」

「えっと、あの人は一体?」

「ああ、自分ではただの老人って言ってるけど本当は***だよ。」


老人の高笑いが、城内に響いた。

    

             ~end~


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