皇太子ラエルとアルベルト





広大な宮廷内部、皇族たちが居住する皇宮中庭のサロンは、エリスティナが双子の兄達との茶会を愉しむ場となっている。

以前はテラスに簡単なテーブルと椅子が置かれていただけの場所に白いガゼボが設置され、エリスティナの好みの風情に改装された。


妹姫よりも先に茶席に着いたのは双子の皇太子——ラエルと、アルベルト。


オルデンシア家の後継者達が受け継ぐ、最強と呼ばれる攻撃能力『ゼウス』。

その使い手である二人の皇太子の存在は、現皇帝の能力とともに隣国の勢力を否応なく牽制する三大柱だ。


清々しい夏の早朝。

まだ柔らかな熱を放つ太陽がサロンに注ぎ、木々の合間からそよ吹く風が彼らの銀色の髪を揺らす。


「ティナはまだか……。遅いな、今日は」


三人の給仕達が運んできたフルーツとティーセットを横目に、ラエルが手中の書類に視線を落とす。

いつもなら真っ先にサロンに着いていて、二人の兄の登場を待ち構えているエリスティナの姿は、まだどこにも見えなかった。


「そう言えば、ラエル。レティシアの怪我はもういいのか?」

「ああ。骨折ではなく、骨にひびが入っただけだったからな」

「そう言いながら随分慌てていたじゃないか」

「婚儀が近いのだ、レティシアはナーバスになってる」

「相変わらず婚約者に甘いな……」


目の前でティーカップに注がれる琥珀色の液体が日の光に輝くのを、アルベルトは気怠く見据える——

薄いブルーの双眸は冷ややかに見えて、その奥に潜む彼の情熱を隠す。


「ティナの縁談も決まったのだ。アルベルト……お前もそろそろ、一人の女性に決めたらどうだ?」


アルベルトと同じ色の双眸、ラエルの視線がチラリと注がれるのを、アルベルトはティーカップを口に運びながら余計なお世話だと言いたげに背けた。


「……ティナの嫁ぎ先の事だが。グルジアの情勢、お前はどう思う?」


話を逸らす目的もあったろうが、アルベルトが切り出した。


「ああ、それは俺も気になっていた。国王の崩御とともに世継ぎ争い勃発とやらで、国内が荒れているとか、いないとか……」


「王太子の継弟だろう? あれは王太子の継母が強く推しているというからな」

「だが、正当な第一後継者は王太子リヒトガルドだ。後ろ盾の国王亡きあと、彼の地盤が案じられるが」

「だからティナが心配なのだ。足元の不安定な男のもとにティナをやる事を、陛下はどうお考えなのか。俺は……反対だ」


琥珀色の液体を乱暴に飲み干すアルベルトが眉根をきつく寄せるのを、ラエルは言葉なく見遣る。


「そういう事をティナの前では言うなよ? アルベルト。ティナがグルジアの王太子を慕っているのを、お前もよく知っているだろう……」


エリスティナの姿がまだ見えないのを改めて確認すると、ラエルはアルベルトに身を寄せる。


「これはまだ不確かな情報なのだが……。国王の葬儀のあと、王太子が行方知れずになっていると。シャニュイ大公が陛下に話しているのを聞いたのだ。世継ぎ争いの騒動の中で、暗殺されたのではないかという噂まで立っている」

「なんだと……?! もしもそれが本当なら、ティナは……」


「お兄様たちっっ!」


突然背後から妹に背中を叩かれ、皇太子二人の肩が跳ねた。


「……ティナッ」

「お二人でコソコソと……! 今朝はまた、何のご相談?」


「お、遅かったのだな」


エリスティナは心の中でつぶやく。

——があったから、昨夜は眠れなくてっ。寝坊してしまいました……。


妹の登場で話は中断されてしまったが、ラエルとアルベルトの心には可愛い妹を案じる気持ちがくすぶり続ける。


「そういえばラエルお兄様! レティシア様の足っ、平気でしたか?」



いつものように兄妹の和やかな時間が始まるサロンの風情を、木陰から見つめる獣の

それはもうずっと前からそこにあって、皇太子二人の会話を静かに聞き入っていた——獣のは、彼ら二人を鋭く見据えている。


エリスティナが合流したことに驚いた様子で、獣はビクリと身体を震わせた。


「……いいお天気だったのに。また黒雲が出てきましたわね?」



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