第一章

森へ(1)




黒夜の話をマイラに聞いた夜から、激しい雨が数日のあいだ降り続いた。

おかげで楽しみにしていた乗馬での外出が伸び伸びになり、苛立ちが募っていたところだ。


その日——。


明るい日差しを瞳の奥に感じながら、エリスティナはそうっと瞼を持ち上げる。

飛び込んできた光の眩しさに抵抗して、長い睫毛がまばたきを繰り返した。


なんて清々すがすがしい朝……!


ふゎぁ〜っと大きく伸びをして身体を起こし、ベッドから片足を下ろしてうつむけば、金糸のような髪がさらりと膝に流れ落ちた。


マイラが来るまでに起きられたのなんて久しぶりだ。

今日は“いいこと“がありそう。


(朝食を食べたら、お兄様たちに遠出のお誘いをしてみよう!)


兄たちと時々出掛ける、森の向こうの丘の上。

鮮やかな初夏の緑に囲まれて、美しいグルジアの海を望む絶景を足元に昼食を摂り、そのあとたっぷり馬を走らせて。

海の向こうに燃える夕陽が、ゆっくりと落ちて行くのを眺めながら帰路につくのだ。


少しだけ開けられた窓から心地よい風が入って来て、エリスティナの腰まである長い髪を揺らした。


宝石よりも美しいと言われるエメラルドグリーンの瞳と、真っ直ぐで艶やかな白金の髪は母譲り。

皇帝に即位したばかりの父親は、そんなエリスティナを若い頃の妻を見るようだと言って頬を緩ませる。


(お父様ったら……。何をおっしゃっていても、お母様の事が一番なのは皆が承知ですからね?)


ひとり娘の心境としては、両親が仲が良いのはとても喜ばしい事。

エリスティナは空想を膨らませる——そして目を閉じて、いつものように踊る。


いつか自分も素敵な男性と一緒に、ダンスホールに立つ日が来るはずだ。


相手のいない、ひとりきりのダンスを舞いながら。

お得意の鼻歌を歌いながら——白昼夢の相手に想いを巡らせた。


(優しい手が、この腰に伸びて。私を優しくリードして……)


もうすっかり慣れた風情の二人は息がとてもぴったりで、周囲の者達にため息をつかせる—— ……エリスティナが敬愛する、両親のように。



♪ ラ〜ラ〜 ル〜



ゆっくりと舞いを続けながらクローゼットまで辿り着いたけれど、鼻歌は続いている—— ……白くか細い両腕を伸ばして扉を開け、今日着るべきものを選び取っていく。


(乗馬服は幾つか持っているけれど、気分はやっぱり……これかしら)


胸元にリボンを結ぶ純白のブラウスと、ルビーレッドのラインが鮮やかな濃紺のジャケット。クリスタルが煌めくベルトに、キュロットはもちろん白!


一番のお気に入りを集めてベッドに並べ、マイラを待つのだけれど、


「もうこんな時間……?」


いつもなら、とっくにエリスティナを起こしに来るはずなのに。

いぶかしみながら時計を眺めていると、


「姫様……」


ノックの音がして、少し慌てた様子のマイラが部屋に入って来た。


マイラはとても律儀な性格だけれど、こんなふうに時々時間に遅れることがある。マイラでも、寝坊することがあるのかしら?


「おはよう、マイラ! 遅かったわね?」

「ああ、起きてらっしゃいましたか。お待たせを致しましたね、ささ、お着替えを……」


「ねぇマイラ、今日はどうして遅れたの?」


エリスティナの質問に、マイラが少し眉を顰めたのを、見逃すわけにはいかない。



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