エピローグ
――本日は大雪警報がでています。学校に残っている生徒の皆さんは下校しましょう――
スピーカー越しに聞こえる、少しくぐもった音声。帰宅を促し、夕方5時を告げる放送が終わる。
良く聴き慣れた音程のチャイムが校舎に鳴り響いた。
手には先程の部活で作ったお菓子が入った包みを握りしめている。
しかし、いくら待ってもイメルダの想い人は現れない。
今日こそ彼に想いを伝えようと思ったのに。イメルダは肩透かしをくらい、溜め息を吐いた。
「お嬢様、帰ろうよー! あれ、
同じ料理部の同級生に呼ばれ、イメルダは慌ててお菓子を肩にかけた学生鞄に放り込む。
「来なかったわ。わたくしも、もう帰りますわ」
イメルダは彼を諦めて帰る事にした。
イメルダは先程まで部活動で居た家庭科室の、椅子に置いた赤いコートを学生服の上から羽織る。そして外に待ってくれている学友達の元へ急いだ。
葉和土イメルダは中学生までは父親の祖国の海外にいた。イメルダの母の祖国の日本に来たのは高校生からだ。
日本語は母から習っていたが、海外生活が長かった為だろうか。「わたくし」や「ですわ」等の現代日本ではおおよそ使わない言葉遣いの訛りがイメルダには残ってしまった。
その独特な訛りから、イメルダは学友達にお嬢様という渾名をつけられて呼ばれている。
「お嬢様は、
「私も気になるー! だって七時君は誰にでも敬語で、暗いし! あ、顔はそんなに悪くないけど!」
「えっ? あの、す、好き? どうしてあの皆さん……」
下校途中の帰り道。学友から突然の核心をつく質問にイメルダは困惑する。
そんなおかしな答え、言える訳がないとイメルダは押し黙ってしまう。すると、イメルダの隣にいた茶髪のセミロングの友人が笑いながら話した。
「お嬢様ったら。今日の部活で作ったシュトレンを七時君にプレゼントしようと思っていたのは、みんなにバレバレなのよ」
「セイラ! 酷いわ、秘密にして欲しかったのに……」
イメルダは顔を真っ赤にして、秘密にならない秘密を明かしたセイラに怒った。
「セイラこそ、金髪のとんでもないイケメンと一緒に歩いているのを見たんだけど!」
「うそ、見られてた!? それは今度話すから! 私達、駅がこっちだからじゃーね。行こう、イメルダ!」
セイラも何か隠したい事がある様だ。わたくしに隠し事なんて水臭いわね、とイメルダは口をへの字に結ぶ。
同じ方向の帰り道のセイラとイメルダは、「2人とも帰るのに電車乗らないでしょー!」と怒る友人達から、逃げる様に道を別れた。
*
日が落ちて空は暗い色。
しかしセイラとイメルダが歩くこの賑やかな通りは、眩い程明るい。
クリスマスが近いからか、あちらこちらの店で飾られた電飾が光っている。
しかしその華やかさとは対照的に、イメルダは無言で落ち込んでいた。
先程から雪がしんしんと降り、イメルダの濃い金髪に雪が絡んでいる。
それを振り払うでもなく、イメルダは俯いて涙を堪えていた。
そんなイメルダを見兼ねたのか、セイラは明るくイメルダに話しかけてきた。
「ねえ、イメルダ。あそこのカフェでお茶して行こうよ! すっぽかしたアイツの愚痴を聞いてあげるから……」
「いえ……いいわ。わたくしはロ……いえ、
イメルダは悲観的にセイラに返事をしていたが、目の前に突然現れた壮年の男性に道を阻まれ声を上げた。
「君、凄い美人だねえ。おじさんと少しお話しようよ」
「遠慮致します……連れがおりますので……」
イメルダが手を前に出して振り払う様な仕草をすると、壮年の男性は更にイメルダに距離を詰めて来ようと歩き出した。
「ちょっと……何よ……」
イメルダは男の行動にびくつく。男は良く見れば、中々体格が良く力もありそうだ。
「そんな事言わないで、二人でもいいよ。お小遣いも上げるし……っ……」
「お二人とも、嫌がっていますが?」
男が手でイメルダに触れようとした時、それは眼鏡をかけた黒髪の青年に阻まれた。
青年が男の手を捻ると、男は苦痛に顔を歪めて呻き出す。
「痛い! いたたた!」
「ロイ……七時くん!」
イメルダの目の前には、呼び出しをすっぽかした
「もう分かった! 離してくれ!」
七時炉郁に壮年の男は許しを乞い、男は解放されると走って去っていった。
「あの、七時君ありが……」
イメルダは、顔を赤らめて七時炉郁にお礼を言おうとした。しかし七時炉郁は不機嫌そうにイメルダを一瞥すると、黒いコートを正しながら早歩きで人混みに消えていってしまう。
どうして――? わたくし、やっぱり嫌われているのだわ。
イメルダが呆然としていると、セイラがイメルダの背中を押した。
「何してるの! 早くロイクを追いかけなよ、イメルダ!」
「で、でもわたくし、七時君にきっと嫌われて……」
「あーもう! この世界に来てまで、今更悩まないで! 早く!」
イメルダはセイラに発破をかけられ、ロイクの消えた方向へ走り出す。
しかし、人の多い通りをいくら走って探しても、ロイクの姿はなかった。
「……はぁ……はぁ……」
イメルダは息を切らせまがら人通りの少ない所まで走ると、もう遅かったのだと悟る。
途中で転んだからか、コートがびっしょりと雪で濡れて寒かった。
随分長い距離を走ったので、とにかく座りたいとイメルダは腰掛けられそうな場所を探す。
するとイメルダの立っているすぐ隣に大きな公園がある事に気がつき、中のベンチへ腰掛けようとイメルダは歩き出した。
公園の中に足を踏み入れると、奥の方に大きな教会が見える。そういえば、あの教会はクリスマスシーズンに誰でも入れるように開放していたと、イメルダは思い出した。
ベンチではなく教会で休もうと、イメルダが方向を教会への道に転換すると、教会の扉の前に人が居る。
その人は黒いコートに黒い髪。
「ロイク……?」
イメルダは再び走り出した。ロイクと思わしき人物は、教会の扉を開けて中に入って行く。それが見えたかと思うと、扉が閉まって彼は見えなくなってしまった。
イメルダは教会の前に着くと、扉を勢い良く開ける。
その瞬間、風が吹き抜けてイメルダは寒さに震える。
ごおっと建物に反響した低い音が鳴り、イメルダが扉を閉めると、やがて音は小さくなった。
石作りの教会の天井は高く、床にはびっしりと椅子が綺麗に整列している。
教会の奥からは扉が開いていて、外が見えた。先程風が吹き抜けたのはその為だろうと、イメルダは考えた。
その外の景色が見える側で、彼はイメルダに目を丸くして見ていた。
「お嬢様……」
ロイクが小さく漏らしたのを聞き、イメルダはロイクに近づいた。
「……どうして呼び出したのに、来なかったの?」
ロイクはイメルダの問いかけには答えない。ただ、苦しそうにコートをロイクは握りしめていた。
「どうしてわたくしを無視するの……その癖わたくしを助けたりして……どうして――っ」
イメルダが更に問い詰めようとした時、ぶるりと悪寒がイメルダを突き抜ける。イメルダは自分の鼻がつんとしたのを感じ、慌ててハンカチを取り出して鼻に当てた。
「――っくしゅん!」
イメルダはハンカチにくしゃみをすると、身体を這う様な寒さを思い出した。
「さ、寒い……わね」
ロイクを前にして、思い切りくしゃみをするなんて。恥ずかしさでイメルダは目をギュッと閉じながら、話題を逸らしてしまった。
すると、コツコツと靴底の音がした後にイメルダの身体は暖かさを感じた。
「貴女をまた裏切って、傷付けるかもしれない。それが嫌だから、関わらない様にしていました」
ロイクが話しかけてきたので、イメルダが目を開けると、彼はイメルダの目の前にいる。
暖かさの正体は、イメルダの肩にロイクのコートがかけられていたからだった。
やっと口を開いたと思えば、ロイクも自分と同じ。この世界にまで来て悩んでいたのね――
「――何よ……いいわよ。この際何回でも貴方に裏切られてあげる。わたくし、貴方と一緒にいられない事の方が、辛いの」
イメルダはそこまで言うと、ロイクを挑発的に睨みつけた。
「――でも、次にわたくしを裏切ったら……殺してやるわ」
「分かりました」
ロイクはそう短く言うと、イメルダはロイクに強く抱きしめられる。
「だ、誰が……わたくしに抱擁を許可したのかしら!」
イメルダは強がってはいるが、顔は火照り、心臓は壊れそうなくらい跳ねている。きっと、ロイクにも伝わっているに違いない。
ロイクは、イメルダを離さないまま顔をイメルダの正面に向けて囁いた。
「もう私は貴女の執事では無いので。許可は取らなくていいでしょう」
「……ロイク……それならわたくしの事……」
ロイクの顔が近づいてくる。ロイクに顎を持ち上げられ、イメルダは静かに目を閉じ彼の唇を受け入れた。
暫く口付けを交わした後、ロイクの顔が離れイメルダは再び抱きしめられる。
「愛しています、イメルダ」
話したいことは沢山ある。これから2人でやりたい事も。鞄に入ったシュトレンも渡さなければ。
この世界では、身分の差などはないから。もう婚約破棄も復讐も忘れていいのだ。ただ、目の前の好きな人の事を考えていられる。
イメルダも、目の前にいる微笑んだロイクに「わたくしもロイクを愛しています」と返事をした――――
この悪女、私が殺します 完
この悪女、私が殺します〜聖女が現れ王子に婚約破棄されましたが、お気に入りの執事と復讐させていただきますね〜 海老島うみ @tvgaaame
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