第33話 廃教会へ

 セイラは建物の二階のバルコニーで座り込んで震えていた。寒さからくる震えではない。やっと、イメルダの処刑を阻止できたんだ――。セイラは達成感に溢れていた。


 セイラは、ロイクがイメルダの手を引いて走っていくのを、目を細めて見守っていた。二人はまるで駆け落ちでもしているみたいだ。


 イメルダが牢屋に入れられた時、セイラはイメルダの処刑の日が伸びるようにギロチンを破壊した。イメルダの処刑の日までに何とか救う手立てを考えた。


 まずセイラ一人では、処刑が行われる広場に集まる人の目があり時を止めることはできない。イメルダとセイラの力を合わせても、恐らく僅かな時間しか止められない。


 そこで魔法が使える子供達をザーグベルトに頼んでイメルダの処刑の場に連れてきて貰い、力を増幅させて時を長い時間止められた。今回の作戦が成功出来た肝だろう。


 しかしこの作戦も、イメルダがロイクを諦めない事、そしてロイクが正気を取り戻さなければ意味はなかった。今までもセイラが感化できない所でロイクは操られ、イメルダを陥れてきたのだろう。


 だが今回は特訓の甲斐もあってか、イメルダの激でロイクは正気に戻ったのだ。


 イメルダとロイクの絆は確かなものだった。セイラはロイクを信じて良かったと安心した。


「大変! セイラおねえちゃん!」


 バルコニーの柵から景色を眺めていたカリンが、指を突き出して突然セイラに向かって叫んだ。

 セイラがカリンの指さす方を見ると、イメルダを抱えたローブの女が宙に浮いている様子が見える。


「そんな……あいつはまだイメルダを諦めていなかったの……?」


 セイラはまだ安心する時ではなかったのだと悔いた。イメルダを抱えたローブの女はどこかへ向かって飛び立っていく。すぐに追いかけてイメルダを取り戻さなければ!


「皆! もう一度力を貸して! 空中移動の魔法であいつを追いかけたいの!」


 セイラがバルコニーで休んでいる修道院の子供達を呼びかけると、子供達は一斉にセイラの近くに集まって来た。セイラと子供達は手を繋ぐ。


 セイラは空中に浮かぶ呪文は得意ではない。しかし、今は子供達と力を合わせて何とか使いこなすしかないのだ。


 セイラは身体が熱くなるのを感じて、魔力が流れ込んでくるのを感知する。――今だ! セイラは子供達から手を離して思い切り地面を蹴った。


 セイラの身体はふわりと宙に浮き、セイラの意思でローブの女に向かって高速で飛んでいく。


 混乱で逃げ惑う町民や、暴れる憲兵。地獄のような様子である町の上空からセイラは叫んだ。


「イメルダを返して!!」


 ローブの女の移動速度はセイラよりも早く、追いつけそうになかったかにセイラは思えた。しかし、ローブの女は町から少し離れた、セイラのよく見慣れた場所付近で移動を止める。


 街道から少し外れた場所にある深い森は一面銀世界だ。その森の入り口には、セイラが何度も訪れた石造りの古びた建物があった。


「廃教会……」


 セイラは自分が異世界からやってきたこの場所で、ローブの女は自分の世界に向かおうとしているのだと察した。


 ここで絶望した命を捧げて、異界に行く魔法を使う気だーーその為のイメルダなのね。


「しつこいわねぇ、聖女様は。貴女達そんなに仲が良かったかしら?」


 ローブの女はセイラの存在に気が付くと、腕に抱えたイメルダに向かって呆れたように話しかけた。イメルダは寒さの為か顔を青白くさせている。


 囚人の着る粗末な白いローブは、薄い粗悪なものだから無理はない。イメルダは身体を震わせ、白い息を吐いた。


「わたくしを離してください、メラン先生……」


「答えになっていないわ。まぁ、聖女様とはそんなに仲良くないなら殺すわね」


 ローブの女――メランはイメルダを抱えていない方の手を前にかざして、黒い火球をセイラ目掛けて撃った。


「セイラ!」


 イメルダが悲鳴をあげてセイラを呼んだ。セイラは、透明なガラスの板を何枚も張り巡らせたような防御壁を魔法で出して、火球の直撃から身を守る。


 セイラ光球を撃ち返そうと手をかざすが、メランは顔をイメルダの頭にのせて不気味に笑った。


「当たっちゃうわよぉ、この可愛いお顔に」


 イメルダを盾にされて、セイラは手をおろした。その瞬間――目にも止まらない速さで火球がセイラの腹部に直撃した。


「くそぉ……」


 激痛がセイラを襲い、空中に浮かぶ魔法を維持できなくなったセイラは地面に真っ逆様に落ちていく。


「メラン先生……もうおやめになって! わたくしは、ただ静かに生きたいだけなのに!」


「ああ! 悲しんでいるの、イメルダ。いいわ、もっともっと絶望してね!」


 イメルダの叫び声と、メランの高笑いが聞こえる中、雪が降り積もった地上にセイラは叩きつけられた。



――早くイメルダお嬢様を助けにいかなければ。ロイクはメランの言った廃教会へ向かおうとする。しかし、目の前には目を血走らせて殺意を剝きだしたエドワードとその仲間の男達が立ち塞がっていた。


「どけ! エドワード!」


「うるさい! 私はお前の亡骸をメランに持ってかなければならんのだ!」


 エドワードは顔面蒼白でロイクに言うと、仲間の男達に突撃の合図をした。


「お前たち! 執事を殺せ!!」


 男達は一斉にロイクに向かって襲い掛かって来た。


 先陣を切って向かってきたエドワードの仲間を1人、2人とロイクは倒すがあっという間に壁際に追い詰められてしまう。


 窮地に追いやられたその時――馬が駆ける足音と獣が唸ったような咆哮がロイクの耳に聞こえた。


「うおおおお!!」


 咆哮の正体は、騎士団の銀の鎧に身を包んだ大男イメルダの父ボザックだった。


 ボザックは白い立派な馬に跨り、雄叫びをあげながら剣と馬でエドワードと周りの男達を蹴散らしていく。


 やがて立っている者が1人もいなくなると、ボザックは馬から降りてロイクに話しかけた。


「ローブを着た女にイメルダが連れていかれたのを俺も見た。ロイク、イメルダを……助けに行ってやってくれないか」


 ボザックは、苦しそうな顔で言葉を続ける。


「娘が処刑されるというのに、俺はただ見守る事しかできなかった。ロイク……お前は違う。命をかけてイメルダを救ってくれた」


「旦那様……」


 ロイクが返事をしようとすると、新たに憲兵がロイクに向かってくる。

 ボザックはロイクの前に立つと、再び大きな声で叫んだ。


「その馬に乗って急げ! お前への追っ手は俺が倒す! この前はすまなかった……お前がイメルダの……」


 ボザックは最後まで語ることなく、再び獣の様な雄叫びをあげた。

 そしてロイクを殺せという命令の魔法がかかった憲兵に一人で向かっていった。


 旦那様、どうかご無事で! そして、必ずイメルダお嬢様を救ってみせます――!


 ロイクはボザックが乗っていた大きな白い馬に急いで跨って、廃教会へ向かった。

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