第32話 魔女

「皆様、イメルダお嬢様は無実です! 私はエドワードとメランと言う2人組に唆されました! 全てこの2人の仕組んだ事なのです!!」


 ロイクの宣言で、観衆はどよめく。イメルダの側の憲兵と、困惑していた。


 そのざわめきをかき消す様に、小柄な男――エドワードが喚きながら観衆の中心に飛び出してきた。


「おい執事、何をいっとるか! 皆さん、私はこの執事からちゃーんと聞いておるのです。この悪魔令嬢の悪事を!」


 エドワードがイメルダを指差して、必死に観衆へと訴える。

 しかし、それはロイクが良く聞き慣れた男性の言葉で打ち消された。


「民衆よ、聞け! ここに、イメルダ嬢に化けた女がいる」


 そう言って出てきたのはザーグベルトだった。

 ザーグベルトはローブの女のフードを剥ぎ落とすと、女を突き飛ばした。


 甲高い「きゃあ」という悲鳴と共に、ローブの女が地面に滑り込む。

 ローブの下はイメルダに化けた姿のメランだ。


 ザーグベルト王子の登場で観衆の反応も変わる。今が好機だと、ロイクは剣を抜いて縛り付けられたイメルダの縄を切った。


 イメルダはロイクに向かって力無く微笑みながら、か細い声で話しかけてくる。


「ロイク……会いたかったわ」


「お嬢様……私は……」


 ロイクは憔悴したイメルダの顔を見て、後悔に苛まれた。


 ロイクはお嬢様をまた裏切ってしまった事を詫びようと口を開くが、観衆から恐怖に叫ぶ悲鳴が聞こえた。


 その直後に空気を切り裂く様な銃声が鳴る。

 反射的にロイクは手を広げてイメルダ覆う様な体勢を取った。

 刹那、イメルダが先程まで縛り付けられていた、石造りの十字架の右側に出た部分が砕けて落ちる。


「外してんじゃないよ、この下手くそ! 早くそこの執事とイメルダ嬢を処刑しろ!」


 先程までイメルダに化けていたローブの女は、メランの姿に戻っていた。近くにいる憲兵に罵声を飛ばして、メランの身体から出た黒い霧で憲兵を覆っている。


 あれは魔法だ、憲兵を操り自分とイメルダお嬢様を殺さんとしている。

 そうロイクが理解した時には、マスケット銃が火を吹き、ロイクとイメルダに向かって撃たれようとしていた。


 ロイクとイメルダは逃げる間もない。

 その時――勇ましく叫ぶセイラの声が聞こえた。


「イメルダ! 時を止めるわよ!」


 先程までロイクが聞いていた悲鳴や、マスケット銃を撃つ支度をしている恐ろしい音がぴたりと止んだ。


「早く! 逃げましょう、ロイク!」


 ロイクはイメルダに名前を呼ばれ、 イメルダの魔法で時が止まったのだと気がつく。

 ロイクはイメルダの手を引いて走り出した。


 走っている途中、ロイクの耳に子どもの声が入り、そちらを見る。


 建物の二階のバルコニーからセイラと、カリンをはじめとする孤児院のローブを着た子供達が、疲れ切りながらロイク達に向かって笑顔を見せていた。

 カリンがロイクとイメルダに向かって叫ぶ。


「セイラお姉ちゃんにカリン達お願いされたの! みんなで魔法を使う作戦、成功だよ!」


「みんなありがとう! わたくし、この恩は忘れませんわ!」


 イメルダは嬉しそうに叫び返して返事をした。


 だがロイクが知らぬうちに、いつの間にか時は動き出していた。

 広場を抜けて、町の中を暫く走るとロイクとイメルダの前に、剣を構えた魔法で操られている憲兵が数人現れる。


 ロイクはその一人の憲兵に突然剣で斬りかかられた。


「くっ……!」


 ロイクは剣を慌てて構え、憲兵の鋭く光る剣を何とか受け流し斬り返した。


 憲兵が倒れ、次の相手をとロイクが正面を見ると、怒りで顔を真っ赤にしたエドワードが沢山の柄の悪そうな男達を引き連れて行く手を塞いだ。


「逃がさんぞ! 執事ィ、よくも私を裏切ってくれたな!」


「私はずっとお嬢様の味方ですが」


 ロイクはそう言って剣を構え直した。多勢に無勢な状況にも関わらず、ロイクは勇敢な姿勢を見せる。


「生意気な……本当にこの執事は嫌いだ! イメルダ嬢! 貴様と執事を殺して何とかこの場を納めさせてもらう! やれ!」


 エドワードの合図と共に、5人程の男がロイクとイメルダに襲い掛かってきた。ロイクは捨て身の覚悟でそれに向かおうとした時――黒い炎の火球が空から降り、目の前の男達に直撃する。


「ロイク、気を付けて! あの黒い火球は、メラン先生のもの!」


 目の前の光景に、イメルダが焦りながらロイクに声をかけた。

 首のない男。丸くくりぬかれた形で身体が消失した男。一様に皆崩れて絶命している。


 ロイクが上を見ると、黒いローブをまとったメランが冷たくロイクとイメルダを見下ろしている。


「あの魔法は危険です、お嬢様はもっと後ろにお下がりください!」


 ロイクが叫ぶ中、エドワードをはじめ周りの男たちも腰を抜かして地面に座り込んでいた。そして空中にいるメランに震える声で話しかける。


「お、おい……メラン!! 私に当たったらどうするんだ!」


「エドワード。お前も死にたくなければ、その執事……ロイクの亡骸を持ってこい」


 メランはエドワードの問いかけを無視して一方的に指示すると、ふっと姿を消した。直後、ロイクの後ろでイメルダの叫ぶ声が聞こえる。


「やめて! メラン先生、離して!」


 ロイクが急いで後ろを振り向くと、イメルダはメランに黒い炎をまとった剣を突き付けていた。ロイクは堪らず叫んだ。


「お嬢様!」


「ロイク……っ」


 イメルダは声を震わせて、手をロイクに向かって伸ばしている。その顔は不安と悲しみに満ちていた。


メランはそんなイメルダを満足そうに見ると、高速でロイクの頭よりも高くイメルダを抱えたまま飛び上がった。


「……儀式をする為に廃教会で待っているわ。それまでロイクが生きていればいいわね、イメルダ」


 メランはそう言って空を飛び去っていく。


「ロイク! いやああああ!」


「お嬢様ぁ―――――!!」


 ロイクはやっと助けられたイメルダを失って絶叫する。イメルダの声はすぐに遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。

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