第27話 散り散り
ロイクとイメルダは2人で馬に乗って家路につく。
空は赤く染まり、ロイク達の馬が走る街道も赤く照らされている。
廃教会からイメルダの屋敷のある町までは、平原が続き自然豊かな道だ。
普段ならば廃教会付近に遊びに出た帰り道は、ロイクはイメルダも爽快な気持ちでいるはずだった。
先程ザーグベルトは、ロイクの貴族への格上げの進言が国王に通らなかった事を告げた。
それを聞いてイメルダは怒っていたが、ロイクは冷静に受け止めた。
この国では平民が何か功を成しても、手柄になる事はない。どこかで王族、貴族の手柄となってしまうのだ。
イメルダの父、ボザックが貴族に成れたのは特例だ。彼は戦争で殆どの部隊が全滅する中、奮起して拠点を守り抜いた猛将だった。
今は他国との戦争も落ち着いており、その様に手柄を上げる事も難しい。
――諦めよう。お嬢様と添い遂げる事は。
それよりも、もうすぐ12月だ。お嬢様が生き延びられる様に計らう。それだけを考えればいい。
ローブの女を退け全てが終わった後、イメルダお嬢様とどこかの貴族が幸せに結婚するのを見届けよう。
ロイクは、沈む夕日を体に浴びながら馬を走らせた。
*
屋敷に帰ると、セイラの姿がなかった。屋敷にいる使用人に聞くと、明日から勲章授与の式典の準備があるからと、王宮付きの兵士達に連れられて行ったそうだ。
「勲章授与、ねぇ。可笑しなことだわ。子供の誘拐事件解決でザーグベルトとセイラが勲章を賜るそうよ」
イメルダの自室で、王宮から届いた封筒を握り潰しながらイメルダは吐き捨てた。
「左様ですか。日程はいつでしょうか?」
ロイクはスケジュールを把握する為に、イメルダに日程を冷然と問うた。
「いつですか、じゃないでしょう? これはロイクとわたくしの手柄になるはずでした! それなのに、貴方は悔しがりもしない。わたくしは貴方に失望しましたわ……!」
イメルダは目を見開いて、怒りを露わに部屋の外に聞こえんばかりに声を荒げる。
「わたくしと結婚したいというのは嘘だったのね!? ロイクは、またわたくしを裏切るつもりなのでしょう!」
「お嬢様、他の者に聞こえてしまいます」
ロイクは、イメルダの声が誰かに聞かれてはいないか肝を冷やし、イメルダを諌めた。
しかし熱の入ったイメルダは、氾濫した河川のような勢いで言葉を止めない。
「わたくしを愛しているのならば、貴族に成り上がって見せると気概をもっと見せて!」
ゴンゴンと、荒々しくイメルダの自室のドアがノックされ扉が開く。
入ってきたのはイメルダの父、ボザックだった。ボザックは立腹しているようで、イメルダを咎めた。
「イメルダ、これ以上我儘を言うな」
「お父様……今の話を……」
イメルダはボザックの姿を見て少し怯えたような表情をして呟く。ボザックはイメルダの正面に立つと、さらに叱責を始めた。
「あれだけ声を荒げていれば聞こえる。……お前達二人の関係は俺も危惧していたが、節度を持っていれば何もいう気は無かった」
ボザックは呆れた様に言い捨てる。
「だが、最近は目が余る。何かにつけては二人で出かけて。挙げ句の果てには、ザーグベルト殿下にロイクの叙爵まで頼んだそうだな! 恥を知れ!」
ボザックが吠えて、イメルダに向かって太い指を広げた大きな手を振りかざす。
ロイクは急ぎイメルダとボザックの間に割って入った。
「ロイク!」
イメルダが悲鳴に似た声でロイクの名を叫んだ。ロイクの頬は鈍く重い衝撃を感じた。衝撃で眼鏡が吹き飛び、床に落ちる。
ロイクは腫れを感じる熱い頬の痛みを気にせず、イメルダを庇う様にボザックへ向いた。
「ロイクは偉いな。きちんとイメルダを守れて。歯を食いしばっていろ」
ボザックがそう言うと、今度はロイクの反対側の頬へ拳が飛んできた。
寸前でロイクは顎に力を込め、歯が折れる事はなかった。
ロイクの後ろから、必死にボザックを説得するイメルダの声が聞こえてきた。
「お父様、ロイクを責めないで! わたくしの我儘ですから。わたくしを罰して!」
イメルダの懇願を無視してもう一度ボザックはロイクを殴りつけると、再び口を開いた。
「ロイク、お前の身分はなんだ?」
「っ……平民でございます、旦那様」
ロイクは口の中が切れて痛むのを堪えて、ボザックに返事をする。
「そうだ。イメルダは貴族の身分だな。イメルダの幸せは何だ? 平民と結婚する事か?」
再びボザックに問われ、ロイクは暫く考えた後静かに返答を口にした。
「いいえ。相応しい御身分の方と添い遂げられる事が、お嬢様の幸せです」
ロイクの後ろで立っていたイメルダは、その場にしゃがみ込む。
「娘が迷惑をかけたな。お詫びにロイクには暫く暇をやろう」
「……お気遣いありがとうございます」
ボザックはそう言うと、イメルダの自室から出て行った。
「お嬢様、申し訳ございません。暫く暇を頂きました。私がいない間は屋敷の他の者がお付きになるでしょう」
顔を手で覆い啜り泣くイメルダに、ロイクは床に吹き飛んだ眼鏡を拾いながら告げる。
「いかな……い……でっ……いか……ない」
イメルダが「いかないで」と何度もロイクに言っている。だがその命令はもうロイクには守る事ができない。
イメルダの涙を流す姿に胸を痛めつつ、ロイクは挨拶をするとイメルダの自室を後にした。
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