◼️幕間 これは、ただ汗を拭われているだけ

 ロイクに強化魔法をかけたイメルダは、まるでロイクの身体と神経が繋がったかの様な感覚を覚えた。


 細かい糸が自分の身体から出て、ロイクに力を送っている――そんな体感だ。もし力を送る量を間違えれば、ロイクと繋がった糸がロイクに悪さをするのだろう。


 ロイクの神経が焼ききれない様に、集中しなければとイメルダは気を張る。


しかし、イメルダは何故か身体中から汗が止まらなかった。熱い訳ではない。


 この魔法を使う事に神経を使い、自分の体力が瞬く間に消耗したのを感じたのだ。その所為なのかイメルダ身体は異常を感じ、汗を吹き出して危険を訴えていた。


 これ以上この魔法を続ければ、ロイクの身体にまで異変が起きるかもしれない。直ぐにこの魔法を中止しようとイメルダはロイクにその旨を伝えようと口を開く。


「ロイク……ごめんなさい……わたくし……」


 だが、それを伝えきれずにイメルダは手を繋いでいたセイラから手を離した。

 そして地面に両手と膝をつき、それ以上言葉を発することはできなかった。


 イメルダの異変を察したロイクが顔面蒼白で叫びながら、イメルダに駆け寄ってくる。


「お嬢様! ご無事ですか?」


「はぁ……はぁ、くぅっ……だい、じょうぶよ……」


 イメルダは途切れ途切れにロイクに向かって返事をする。


「イメルダ、無理し過ぎたのよ。ロイク、一旦休憩にしましょう」


 セイラはイメルダの隣からそう言うと、ハンカチを取り出してイメルダの顔に流れる汗を拭った。



 ロイクが敷いてくれた厚手の布を敷物にして、イメルダは木陰で横になって休んでいた。先程セイラがイメルダの赤いケープコートを脱がせてイメルダの身体にかけてくれたので、楽な姿勢をとれている。


「お着替えをお持ちしました」


ロイクがそう言って変えの服を持ってきた。イメルダの汗を吸った服は不快感が強く、早く着替えたいとイメルダは思っていた。しかしイメルダは身体が疲労で重たく、起き上がるのが辛い。それどころか、指一本も動かす気力すらなかった。


「全身汗まみれなの、まずタオルを頂戴」


 寝転んだままで、イメルダは口だけを動かしてロイクに指示をする。


「セイラ様にイメルダお嬢様のお体を拭いてもらおうと思ったのですが……セイラ様のお姿が見えません。どこかに行ってしまわれたようですね」


 そう言ってロイクはイメルダの着替えを敷物の上に置くと、靴を脱いで敷物に上がってきた。


 タオルだけを手に持ち、イメルダの近くに正座をする。イメルダがロイクの顔を見上げると、その顔は険しく何かを決意したような表情であった。

 ロイクは顔を少し紅潮させて静かに口を開く。


「恐れ多いのですが、私がお嬢様のお身体を拭かせて頂きます」


 ロイクはそう言うと、タオルを近くに置いた。イメルダの身体にかけられていた赤いケープコートを取りそばに置く。イメルダは反射的に剥ぎ取られるケープコートを手で抑えようとした。だが腕が重たく動かす事はできなかった。


「え……ええっ……あ、あの。ロイク……」


 イメルダはロイクの宣言でどきんと心臓が跳ねる。ロイクには身の回りの世話をさせてきたイメルダだったが、着替えや入浴等は当然屋敷のメイドが担当していた。


 イメルダがおろおろと動揺していると、ロイクは「早く拭かないと、風邪をひいてしまいます」と行ってイメルダの着ているジャケットのボタンに手をかける。


「あ……」


 イメルダは顔を赤くして、自分のジャケットのボタンが外されていくのを静かに見つめた。


 イメルダが寝転んでいて、ロイクは自分に向かって体を倒しているような姿勢だ。

 好きな人に服を脱がされてしまう。その事実にイメルダの頭はくらくらとした酩酊感を覚えた。


 勿論、ロイクはイメルダを心配してくれているからこその行動だと、イメルダは自分を納得させる。

 下心などない、当たり前だ。彼は自分に忠誠を誓っているとても優秀な執事なのだから。


イメルダの着ている乗馬用のジャケットのボタンも、外されてその下に来ているブラウスが露になる。


 ブラウスの中に着ているのはキャミソール一枚と下着だ。いくら自分の好きな人とはいえ、イメルダがそこまで見せるのは自分の結婚相手だけにしたかった。


「ブラウスの下……その……だめ」


 イメルダは震える声でロイクに、下着や肌着姿を見せるのは恥ずかしいと精一杯訴えた。

 ロイクは無表情でじっとイメルダの顔を見つめた後、ケープコートをもう一度イメルダにかけた。


 ロイクはケープコートとイメルダの身体の間に手を潜り込ませると、イメルダのブラウスのボタンを手探りで外し始める。


「――――っ………」


 下着を見られる事は免れた。しかし、これは余計に恥ずかしいかもしれない。


 そう考えながらイメルダは羞恥に耐える。


 ケープコートの下に潜り込ませたロイクの手から温かさをイメルダが感じた。その手が動き、ロイクの手袋とシルクのブラウスが擦れてイメルダの肌を間接的に撫でる。


 くすぐったいような、不思議な感覚だ。イメルダはそれが倒錯的に感じてしまい顔から火が出そうになった。イメルダの羞恥心などロイクは全く気にしないのか、ロイクは淡々とした反応だ。


 ブラウスのボタンが外れると、ロイクはケープコートの中から手を抜いてタオルを手に取る。


「それでは、拭きますね」


ロイクはイメルダに告げると、再びケープコートとイメルダの身体の間に手を入れて、イメルダの身体を拭いた。


 タオル越しにロイクの指の形を感じて、イメルダは思考が蕩けてしまう。

 早く終わって欲しい、でも終わって欲しくないような気もする。矛盾したイメルダの葛藤は、ロイクがイメルダの身体を拭き終わるまで続いた。


 その後、イメルダがロイクにマッサージを施されている途中でセイラがいつの間にか帰って来た。


 するとロイクは昼食の準備をすると言って、セイラにイメルダの世話を任せて行ってしまう。


「二人共、顔が真っ赤ね。まぁ、何も聞かないでおくわ」


 すっかりのぼせてしまっているイメルダに、セイラは悪戯っぽく笑いかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る