第26話 強化魔法-前編

 今日も朝から廃教会近くの森でロイク、イメルダ、セイラの3人は特訓をしていた。

 連日の特訓のお陰か、ロイクはセイラの魅了魔法に難なく耐える事ができていた。


 今日は魔法でロイクの身体能力を引き上げる、強化魔法の特訓をするらしい。


 ローブの女の魔法に対して、普通の人間では太刀打ちできない。それは倉庫でローブの女と対峙した時にロイクも感じた事だった。

 それ故に強化魔法でロイクの身体能力を上げて、ローブの女と戦闘ができるようにするのだ。


 セイラとイメルダは手を繋ぐ。

 イメルダが真剣な顔でロイクに向かって手をかざした。


 本来ならば、魔法を熟達しているセイラが魔法を使い、イメルダがその魔法の威力を上げる支援役が適正な役割である。


 だが、魔法に詳しいセイラ曰く。この強化魔法はかけた者、かけられた者双方に負担が大きい魔法であるそうだ。

 その為、互いに気遣い合える者同士――つまりロイクにイメルダが魔法をかけた方が良いらしい。


「イメルダ、再三言っておくけれど。力を込め過ぎちゃ駄目よ。強化しすぎてロイクの身体に無理をさせるわ。やり過ぎるとロイクの全身の神経が焼き切れて、二度と起き上がれないような身体になっちゃうから」


「分かっています! もう、集中しているから話しかけないで!」


 セイラがイメルダに助言をした。しかしイメルダは使い慣れない魔法を使う為か、それどころではないらしい。

 元々魔法の才能は無いイメルダが無理をし過ぎないか、ロイクは心配だった。


 イメルダは魔法を使うと身体に負担が強くかかるからか、もう幾度となく倒れているのだ。


 あの時――ローブの女にセイラが大きな攻撃魔法を放った時は死んでしまったのかと、ロイクは肝を冷やした。セイラの魔法を支援したイメルダの身体は悲鳴を上げたのか、その後イメルダはとても長い間気絶していた。


「ロイク、身体に異変があったらすぐに言って頂戴。魔法を中断しますから」


「わかりました、お嬢様」


 ロイクが返事をすると、イメルダは「強化魔法!」と声に出す。

 イメルダの手から黒い霧のようなものが出てロイクを包んだ。


 暖かい。ロイクが霧に包まれてそう感じた後、霧がスーッと晴れた。

 途端に自分の身体にまるで羽が生えたかのような軽さをロイクは感じる。

 そして軽さだけではなく、ロイクは全身に力が湧き出てくるような感覚を覚えた。


「お嬢様! 強化は成功しています! まるで空に飛べそうなくらい身体が軽くて……」


 ロイクは成功の喜びを露にしてイメルダに話しかけた。しかしその湧き上がる力が徐々に薄くなり、やがていつもの自分の身体に戻っていくのをロイクは智覚する。


「ロイク……ごめんなさい……わたくし……」


 イメルダは額から汗を流しながらそう呟くと、地面に膝から落ちた。



 昼時になり、ロイクは食事の準備を始めた。

 まずは焚き火を起こし、火の横に持参した2本の支柱を立て、その支柱に棒を置く。

 その棒に野営用の鍋をぶら下げて湯を沸かした。


 先程慣れない魔法を使い、体力を著しく消耗したイメルダを気遣い特訓を中断した。暫く休憩となったのでロイクは、イメルダの汗を拭き、身体をマッサージして甲斐甲斐しく癒しを与えた。


 もしセイラがいなければ、イメルダともう少し触れ合えたのに。そんな邪な事を頭の隅にロイクは考えた後自己嫌悪に陥った。


 使用人の身分で、主人にその様な事をしてはいけない。仮にザーグベルトの口添えのお陰で自分が貴族に成り上がっても、平民出身のロイクには貴族達からの風当たりは強いだろう。


 社交界からロイクとイメルダは完全に孤立してしまう。そうなれば生きていくために商売を始めるにしても、裕福な貴族からそっぽを向かれては話にならない。


 金銭面でも社交面でもイメルダとの結婚は前途多難なのだ。


 恐らく、イメルダと自分は結ばれる事は無いのではとロイクは憂いた。


 シューと焚き火に吊るした鍋が音を立てている。

 鍋が沸騰する前に食事を作り終えねばとロイクは思案をやめた。持参したサンドイッチの具材を取り出し、切り込みの入ったパンに具材を手早く挟んだ。


鍋のお湯が沸き、木製のマグカップへお湯を注ぐ。その後静かにティーバッグをお湯に沈めると、コップとセットの蓋をして茶葉を蒸らす。


 茶葉の蒸らす時間を見ようと、ロイクはスラックスの中から懐中時計を出した。

 すると、イメルダの様子を見ていたセイラがやってきて、ロイクに話しかけた。


「イメルダは体調戻ったみたいだよ。準備何か手伝う事ある? ……ってもうする事ないかな」


「お気遣いありがとうございます、セイラ様。もう少しで終わりますので。あ……こちらのお茶は飲み頃です」


「ありがとう」


 ロイクが差し出した木製のマグカップをセイラは受け取るとお礼を言った。


 ロイクがサンドイッチとお茶の準備を終えて、少し離れた木陰の下に、厚めの布を敷いたイメルダの待つ場所へと運ぶ。


 そこにはイメルダが不機嫌そうに座って待っていた。その隣には、何故かイメルダを眺めながら目を細めるザーグベルトがいる。


「で、殿下?」


 何故この特訓にザーグベルトがいるのだろうとロイクは驚き声をあげる。


「あ、私が呼んだの。ロイクに強化魔法をかけて、戦闘訓練するのに相手が必要でしょ?」


 セイラはロイクの隣でそう説明すると、先程ロイクが渡したコップに入っている紅茶を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る