第25話 特訓
強い風が時折吹いて、ざあぁと木の葉と枝が擦れる音がした。
風は冷たく、ロイクは着ている黒のロングコートのボタンを留める。
廃教会の近くの森の中。そこはもう紅葉で彩られた森ではなく、焦げ茶色に枯れ葉が地面に敷かれている。11月にもなれば、森は冬に向けて寝支度を始めるのだ。
イメルダの処刑まであと1か月。何度も時を遡ったセイラが言うには、イメルダの死の運命が必ず訪れるのが12月のどこかの日だそうだ。
肌寒く人気の無い森で、ロイクとイメルダとセイラの3人は、イメルダの死の原因であろうローブの女に対抗する為の特訓を行っていた。
「さぁ、始めましょう。ロイク、私の顔を見て」
白い太ももまでの長さのコートを着たセイラは、ロイクに呼びかけた。
ロイクはセイラの指示通り、セイラの顔をじっと見る。
段々とロイクの頭は霧がかったように意識が霞んだ。
「ロイク! わたくし以外にデレデレしないで!」
ロイクは両頬をばちんと挟まれるように誰かに叩かれて、同時に愛しい人の叫び声が聞こえてきた。
「いいっ――痛いっ!」
痺れるような痛みが両頬に走り、ロイクは思わず叫ぶ。
どうやら、ロイクはあっさりセイラの魅了魔法にかかっていたようだった。
ロイクの目の前には、赤いケープコートを着たイメルダが赤い目を釣り上げて、不機嫌そうな顔でロイクを見ている。
イメルダの細く美しい手は、ロイクの両頬を包んでいた。
「駄目ね。もっと、イメルダの事を考えるなりしてみたら。それで私の魅了に対抗してみてよ」
「はい、分かりました」
ロイクの返事と殿にイメルダがロイクのそばから離れた。
そして再びロイクはセイラと見つめあった。ロイクはイメルダの顔を頭の中に浮かべ、徐々に思考に霧掛かる事を阻止しようと必死に抵抗した。
「――ロイクのお馬鹿!」
「ぐは!」
ロイクはイメルダに再び両頬を叩かれた。どうやらまたセイラの魅了魔法にかかっていたらしい。
「埒が明きませんわ。わたくしがロイクに魔法をかけてみます」
「それいいかも! ロイクがイメルダの事好きだったら、私の魔法がかかりにくいから」
イメルダの提案にセイラは賛同した。だが、セイラはロイクを疑うような目つきで見てくる。
セイラの視線が突き刺さり、それが痛いとロイクは感じた。そして以前イメルダから見せられた「ハワード家の歴史と魔力」という本の内容を思い出す。
――対象者と術者の信頼関係が強い場合、他の術者が能力を超えていても、対象者には他の術者からの術がかかりにくい――
自分は――心のどこかでまだイメルダお嬢様の事を悪女だと疑っているのだろうか。イメルダお嬢様を好きである筈なのに。
ロイクは確かである自身の気持ちに、不安を覚えた。もし、イメルダお嬢様の魔法が、セイラに魅了術に上書きされてしまえば、その疑いの不安は証明されてしまう。
「ロイク、わたくしの目を見て」
そんなロイクの気持ちは知らないイメルダが、魔法をかけようとロイクの正面に立った。
ロイクはイメルダの言う通り、彼女の赤い瞳を見つめる。
「わたくし以外の者から、魔法をかけられる事は許しません」
ロイクが見ていたイメルダの赤い瞳が怪しく光り、黒い煙のようなオーラがイメルダの周りに現れる。
その現れた黒い煙にロイクは包まれた。直後に煙は薄くなって消える。イメルダが魔法をかけ終わり、今度はセイラがロイクの前に立ってイメルダと入れ替わった。セイラはロイクに魔法をかける為語りかける。
「それじゃあもう一度。ロイク、私の事好き?」
セイラが妖しく微笑みながらロイクに問いかけてきた。ロイクの頭の中には、先程の思考を支配してくるような霧は現れない。
好きな人の顔。イメルダの顔がしっかりとそこに見える。
「セイラ様、私はイメルダお嬢様が……好きです」
イメルダへの気持ちを迷いなく口の出来たことにロイクは安堵した。
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