◼️外伝 第3話 友情、裏切り、絶望(セイラ視点)
セイラはイメルダから借りた本を読んで、行った事がある場所へ瞬間移動できる魔法を習得する。
そして、その本には元の世界に帰る方法も書かれていた。
セイラは与えられた王宮にある自室で、暫くの間イメルダから借りた本を読み込んだ。
――アーステイル王国から異界に再召喚する方法。聖女や魔女の力に目覚めた者の命が必要。異世界転移魔法、もしくは転生魔法の使用ができる――
つまり、魔法が使える人を殺せという事か。セイラは途方に暮れた。まずこの世界では魔法が使える事自体珍しい。
それに、異世界転移魔法を使うには条件が更にあるようだ。
――ただし、その命は絶望に落ちた魂でなければならない――
本を読んで、何という悪趣味な魔法だとセイラは思った。異世界転移魔法――つまり元の世界に帰る為の魔法は、絶望に包まれながら死んだ人を使う恐ろしい魔法だ。
こんな非道な魔法は使いたくないとセイラは本を閉じ、別の方法を探す事にした。
*
今日は王宮で勲章授与の式典があった。セイラを助けたイメルダが勲章を国王から授かるそうだ。
イメルダが王宮にくるからとセイラは楽しみにしていた。しかし式典が終わると、イメルダは用事があると冷たく言ってセイラとは会ってくれなかった。
仕方なく王宮の書庫室で元の世界に帰る方法が載っていそうな書物を読み漁ってみよう。そう考えて自室から書庫室へセイラは向かった。
セイラが書庫に向かう途中の廊下で、燕尾服を着た人物が立っている姿が見えた。
近づいてみると、ロイクが何かの部屋の扉の前にいた。
「ロイクじゃない! ひっさしぶりー!」
セイラはロイクに近づき、元気よく挨拶をする。
するとセイラを見たロイクは、みるみるうちに顔が赤く染まった。
「せ、聖女さま。お静かに。大事なお話中ですので」
ロイクは小声で何か囁いてきたが、セイラの耳にその声は届かなかった。
「何? 具合でも悪いの? 熱があるかも、顔が赤いよ!」
声を聞き取ろうとセイラはロイクに顔を近づけた。その時――
「ロイク!! 仕事を放棄してお喋りとは何事ですか!!」
扉がばんと大きな音を立てて開き、叫ぶイメルダとザーグベルトが出てくる。
イメルダは眉間に皺を寄せて、セイラを睨みつけてきた。
セイラの隣でロイクが腰を折ってイメルダに頭を下げ謝罪している。
「あ、ごめんイメルダ。私が話しかけたの……ところで、二人はその部屋で何していたの?」
イメルダの用事とはザーグベルトに会う事だった所までは分かったが、理由が知りたくてセイラは尋ねる。
「あーうん。えっとね……実は僕達付き合っているんだ。他の貴族には内緒だよ」
ザーグベルトはセイラに気まずそうに応えた。
イメルダとザーグベルトが恋仲――そう聞いてセイラは頭に石が落ちてきたかの様な衝撃を受ける。
ザーグベルトの想い人ってイメルダの事だったんだ。よく考えたら、イメルダとザーグベルトは小説の中でも婚約しているという表記があったとセイラは思い出す。
「そう……」
セイラはなんとか出てきた言葉を口に出した。そしてお似合いだよと無理矢理に笑顔を作りセイラは2人を祝福する。
しかし、イメルダは歯を食いしばったような表情で変わらずにセイラを睨みつけ、吐き捨てるようにセイラに言い放つ。
「でも、それも今日で終わり。ザーグベルト様、セイラ。お二人の婚約内定を祝福いたしますわ」
「え……?」
いつの間にそういう話になっていたのだろう。もしかして国王と初めて会った時に話していたのは、自分とザーグベルトとの婚約の事だったのかとセイラは合点がいく。
セイラが戸惑う中、イメルダはロイクと並んでその場から早足で去ってしまった。
ザーグベルトは、困惑するセイラに目もくれず、イメルダを追いかけた。
王宮の広い廊下にポツンと取り残されたセイラは、移動魔法を使い自室に戻った。
自室に着いてすぐ、部屋の中で一番大きな家具であるキングサイズの白いベッドに、セイラは思いっきり飛び込む。
体を大の字にしてセイラが倒れこめば、ベッドマットは軽く軋む。そしてセイラの体を受け止めると心地よい柔らかな反発を返してきた。
「はーフカフカ気持ちいいー」
そう独り言を呟き、セイラはベッドに置いてある枕を掴むと顔を埋める。
何でこんな世界に来てしまったの。セイラは違和感のある、慣れない世界で疲れていた。
容貌美しいイメルダは妬まれて虐められている。
普通の見た目を持つ私は、無闇矢鱈に可愛らしいと持ち上げられて――それは不自然な世界だとセイラは思ったのだ。
挙げ句の果てには、イメルダとザーグベルトが婚約破棄して自分とザーグベルトが婚約なんて。
こんな展開はあり得ないと、セイラは足をバタバタとベッドに打ちつけた。
イメルダから借りた本には、聖女は人を魅了する力があると書いてあったが、それが関係しているのだろうか。
だがそんな力自分にはない筈だ。
――早く帰らなきゃ。元の世界に――
地味で目立たない普通の高校生だったのに、私がこんな煌びやかな世界に順応できる訳がないのだ。
*
勲章授与式の日にあった出来事以降、セイラはイメルダと疎遠になってしまった。
毎日遊びに行っていたイメルダのお屋敷にセイラがいくら尋ねても、具合が悪いとイメルダは会ってくれなかった。
その寂しさを埋めたくてセイラはザーグベルトに会いに行く。
しかしザーグベルトはいつ尋ねても、イメルダに熱心に電話をかけ、手紙を書いていた。セイラの事は眼中にないようだった。
舞踏会当日。セイラはいつものセーラー服に着替えて、憂鬱な気持ちで自室にいた。
舞踏会でザーグベルトと婚約発表をするタイミングで呼びに行くとメイドから伝えられている。
行きたくない。だってザーグベルト様はイメルダが好きだし。イメルダにザーグベルト様を取ってしまった事で恨まれているし。セイラは気持ちが落ち着かず、部屋の中を目的もなく歩き回っていた。
しかし無常にもコンコンとノックが扉から聞こえてくる。
どうやら会場に行かなければいけないようだ。セイラはやる気のない返事をしてメイドを部屋に迎え入れた。
入ってきたメイドは黄色い薔薇の花束を抱えている。セイラが不思議そうに花束を見ていると、メイドが説明してくれた。
「ハワード男爵御令嬢のイメルダ様からです。メッセージカードも添えられておりますよ」
セイラはぎっしり詰め込まれた黄色い花弁の間に刺さるカードを抜き、恐る恐るメッセージを読んだ。
――言っておくけれど、嫉妬なんてしていないから。わたくし、今日別の方と婚約するの。セイラ、ザーグベルト様とお幸せにね。この花束は、貴女との友情を込めて イメルダ――
セイラはメッセージを読んで、イメルダは、私とまだ友達でいてくれるのだと感激した。セイラは花束をメイドから受け取り、目元に涙をにじませてそれを抱きしめる。
黄色い薔薇の花言葉で有名なのは嫉妬。だが他に友情などの前向きの意味もあるらしい。いつだったか、薔薇が好きなイメルダが話していたのを思い出す。
そしてメイドに連れられて、セイラは笑顔で舞踏会の会場へ足を運ぶ。
セイラが会場に着くと、イメルダとケロベロス伯爵という人が婚約発表をしていた。
恥ずかしそうに微笑むイメルダの横顔を、セイラはこれまた満面の笑みで眺める。
ふと、セイラはケロベロス伯爵公と目が会った。イメルダよりもかなり年上だが、真面目で誠実そうな人だ。セイラはケロベロスに微笑みながら軽く会釈をした。
「来なさい、セイラ」
皆の前で婚約発表するなんて、恥ずかしいなぁ。そんな事を考えていたが、セイラは国王に呼ばれた。
メイドに促されてセイラが観衆の前に出た時、突然ケロベロス伯爵は叫ぶ。
「イメルダ男爵令嬢とは婚約破棄します!! セイラ様、私とお付き合い頂けませんか」
ケロベロス伯爵はセイラの前に跪いて、愛の告白をした。
*
「これより、ハワード家長女、イメルダ男爵令嬢を処刑する!」
無意識にセイラがかけた魅了の魔法により、ケロベロス伯爵は錯乱した。
舞踏会でイメルダと婚約破棄をして、セイラに結婚を迫ったのだ。
結果として、婚約の話は一度保留となったが、その出来事でセイラとイメルダとは完全に縁が切れてしまった。
そして数ヶ月の時が経ち、小説の結末であるイメルダの処刑が今執り行われようとしている。
「ロイク! わたくしの忠実なる下僕よ! 早くわたくしの無実を証明するのです!」
ギロチンに首を固定されながら、イメルダは暴れている。
かつての親友の悲惨な姿にセイラは胸を痛めた。
あの時、私がケロベロス伯爵に魔法をかけなければ。
ロイクが前に出て、イメルダの罪を証明している。
いや、違う。私が裏切り者のロイクをどこかで殺しておけばよかったのだ。セイラは後悔に胸を痛める。
そして湧いてきた怒りを向けるように、目を見開いてロイクを睨みつけた。許さない。イメルダを殺したお前を。
やり直したい。親友のイメルダを救いたい。物語の最初から!!
セイラの心の叫びは誰にも届かない。
ギロチンの刃がイメルダの首を断つために落下するのを、セイラは見ていられずに瞼を閉じた。
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