◼️外伝 第2話 麗しの王子様(セイラ視点)、

 セイラは自分のいる場所の光景に空いた口が塞がらなかった。


 セイラの目の前には沢山の召使いらしき人達が列になって頭を下げている。


 その召使いの並ぶ奥には金色の装飾がされた赤いクッションの椅子に座る、王冠を被った人物がいた。


 セイラが上を見れば、何十メートルはあろう高い天井に眩く光るシャンデリアが釣られている。


 下を見れば大理石の床に敷かれた赤い絨毯。セイラのそばにいる甲冑を来た男に前に進むよう促され、絨毯を踏みしめると柔らかな踏み心地を感じた。それが上質な物であると分かる。


 横を向けば白い石の素材で作られた壁に巨大な絵画が飾られている。

 セイラはテレビの世界遺産特集番組で見たベルサイユ宮殿を思い出す。


 セイラはイメルダとロイクに助けられた後、騎士と呼ばれる甲冑を来た男達に保護されて、王宮と呼ばれる場所に連れてこられた。

そして数日を目まぐるしく王宮で過ごし、今は王の前にセイラは連れてこられている。


「よくぞ参られた、異界の聖女よ……私は国王だ。隣にいるのは我が息子で第三王子のザーグベルトだ」


 目の前にいる恰幅のある白い髪と髭の老人がセイラにそう言った。

 セイラはその老人を見て、いかにも王様な見た目という安直な感想を抱く。


 だが、王よりもザーグベルトと名前を紹介された男性にセイラは視線が向いた。


 耳の下まで伸びた薄い金髪。切れ長の青い瞳に前髪が少しかかっている。


 服装は、沢山ボタンが付いた青いジャケットと白のスラックスを着ている。ジャケットには肩から腰にかけて赤いタスキのようなものがかかっている。腰元には白いベルトが絞められていた。


 よく見る西洋の王子様らしい格好だ。

 ザーグベルトは、セイラの視線に気がつくと、にっこりと美しい微笑をセイラに向けた。


その瞬間、セイラの身体中に稲妻が落ちたように痛くて、それでいて甘い痺れが突き抜けた。


 先程のロイクも端麗な顔立ちであったが、ザーグベルトはその比ではない。

 ただ立っているだけで後光が差したように眩く、少し動けばその所作の流麗さに溜息がでる。


 背は高く、足が長い。8頭身はあるだろうか。しっかり数える前に、彼の美しさで頭が沸騰してしまった為、セイラはザーグベルトの頭身を数えるのを止めた。


「聖女……聞いているか?」


 ザーグベルトに見惚れていたセイラは、国王に呼びかけられ慌てて国王に向き直った。


「へ? あ、はぁ……」


 国王が何か言っていたようだがセイラは全く聞いておらず、そのまま話はそこで終わった。セイラは国王のいる部屋から、別の部屋にザーグベルトと移動した。


 客間なのだろうか、その部屋はソファとテーブルが置かれている。

 部屋に置かれた家具は白を基調として、それに金色の細かい装飾がついたもので統一されていた。


 セイラはザーグベルトに促され、ザーグベルトと向かい合わせにソファに座った。


「先程の父の話ですが、申し訳ない。僕には心に決めた人がいるのです」


 先程の話をセイラは聞いていなかった為、何のことか分からなかった。しかし、セイラが先程ときめきを覚えた彼は、想いを寄せている人がいるようだ。


「いえ、私の事は気にしないでください。ざ、ザーグベルト様の事、応援しています……」


 ザーグベルト様、と名前を呼びかけるのが恥ずかしくてセイラは顔を真っ赤にしながら返事をする。

 するとザーグベルトは、目を細めてセイラにありがとうとお礼を言った。


 ザーグベルト様は声まで素敵だわ。美しい顔立ちと美声を持つザーグベルトと、セイラは暫く夢心地で会話をした。



 まるで生けられた沢山の花を思わせる複雑な形の、装飾が豪華なシャンデリア。


 小花柄の壁紙が貼られた壁に、鈴蘭のようなランプが設置されている。

 この部屋の装飾や家具はどれも女性的な可愛らしさがあるインテリアだ。


 真っ白な大理石の床に置かれた長いテーブル。その上には高級ホテルのビュッフェを思わせる、贅沢そうな軽食やデザートが並べられている。


 部屋の中では給仕するメイドが静かに歩きながら、グラスに入った泡立つ飲み物を人々に配っている。


 セイラは、サロンと呼ばれる社交の場に来ていた。


 セイラをこの部屋に連れてきたメイド曰く、国王の娘――つまり王女が主催だそうだ。先程やってきたセイラもそれに招かれたのだ。


「皆さん、我が国に希望の光が灯りました。この愛らしい少女が聖女セイラです」


 セイラは聖女としてこの国に重要な存在だからと、王女から国の貴族達に紹介をされる。

 愛らしいと評をされ、気恥ずかしくなりセイラは顔を赤く染めた。


 セイラの紹介が終わり、自由に会話をする時間になるとセイラは沢山の美しく着飾った女性達に囲まれた。


「セイラ様、わたくしは公爵家の――」

「お可愛らしい方ですわ、今度ぜひわたくし主催のサロンへいらして」

「変わったお召し物ですわね、きっと素敵なオートクチュールなのね」


 自分は平々凡々な見た目の高校生で、着ている制服も既製品なのに、どの人も目を輝かせてセイラに話しかけてくる。

 その相手をするのに疲れた頃、部屋の隅の椅子にぽつりと座る女性がいた。


 女性は、髪を纏めて高く結い上げていたのでセイラはすぐに気がつかなかったが、あの美しい横顔はイメルダだ。


「イメル――」


「いけませんわ!」


 イメルダに手を振って呼び掛けようとした時、セイラを囲んでいた女性の一人がセイラを呼び止める。


「え?」


 セイラは周りの女性達から突然険しい顔つきで凄まれ、びくりと固まった。


「あの醜い顔をした者は粗暴な騎士のお家から成り上がった者。セイラ様はお関わりになってはいけませんわぁ」

「王女様もお建前でお誘いしただけですのに、お顔と一緒で厚かましい事! イメルダ様は何故サロンにいらしたのかしらぁ」

「それにしても、相変わらず肩幅が大きい事。お顔も華がごさいませんし。お父上に似て骨太なのはお可哀想ですわぁ」


 恐らくイメルダに聞こえる様な声で、周りの女性は口々にイメルダを貶した。

 イメルダはそれを聞いても少しも反応しなかった。無表情でただ一点を見つめて、背筋を伸ばして椅子に座っている。


「……どいてください」


 セイラは自分の周りの、見た目だけ美しく着飾った女性達の輪から抜けてイメルダの元に駆け寄った。


「イメルダ! 私、セイラだよ! ほら、貴方に助けられた……」


「どういうつもり?」


 イメルダは、不機嫌そうにセイラに顔を向けた。セイラは困惑する。

 私が襲われた後、あんなに優しく自分に接してくれたのに、イメルダは忘れてしまったのだろうか。セイラは焦った。


「え……」


 セイラがイメルダの前で絶句していると、イメルダは少し悲しそうな顔で呟く。


「わたくし、嫌われ者ですから。高貴な聖女の貴女が、わざわざ話しかける事なんてないのよ」


 なんだ、私に気を遣ってくれただけだった。イメルダの言葉を聞いてセイラは安心した。セイラはイメルダの隣の椅子に腰掛ける。


「話したい人がイメルダしかいないの。今日もイメルダは美人だねぇ」


うっとりとイメルダの顔を眺めながら、セイラは素直な感想を言った。


「ねえ、イメルダ。さっきの人達嫌な感じだね。イメルダはこんな可愛いのに、目が腐ってるのかしら? あ、指も綺麗! もしかしてこの世界にもネイルサロンとかあるの?」


「……はぁ……変な子……」


 イメルダは深くため息をつく。

 うっかり感想を言いすぎて、イメルダを呆れさせてしまったのかとセイラは落ち込んだ。


「ご、ごめんなさい。嫌だったかな……」


 セイラが俯いて落ち込むと、イメルダは「いいえ」と言って首を振る。


「嬉しいわ、ありがとう」


 セイラが顔を上げてイメルダを見ると笑っていた。

 その笑顔は花も恥じらうという例えが似合う。その美しい笑顔にセイラは見惚れた。


 このサロンでの出来事から、セイラはイメルダの家の屋敷に遊びにいく様になる。

 イメルダはハワード邸に来たセイラに、乗馬を教えてくれた。窮屈な王宮にいるよりも、セイラはイメルダと殿に馬に乗って遠出するのが楽しかった。


 雨が降って外に出られない時は、イメルダが美味しくない手料理を振舞ってくれた。あんまりにもイメルダの料理は危なっかしいので、セイラも一緒になって料理をした。


 セイラはイメルダが大好きになっていた。


 しかしイメルダと遊び周るセイラを、王宮の人間はよく思わなかったようだ。

 国王や政治に関わる人達から、早く聖女の魔法を使ってみせてくれと、連日せがまれてセイラは嫌気がさしていた。


 聖女という宙に浮いたような設定を書いたのは自分だが、正直どういう存在か自分でも分かっていない。今のところただ崇められて、有り難がられるだけの存在だ。


 イメルダと遊ぶのは楽しいが、セイラは早く元の世界に帰って普通の人に戻りたいと思っていた。


 ある日思い切ってセイラは、イメルダに聖女の魔法が使えない事と、元の世界に帰りたい事を相談する。するとイメルダはわざわざ屋敷の書庫から本を探して見せてくれた。

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