◼️外伝 第1話 結末を書き換えてしまいました(セイラ視点)
自宅の倉庫の奥から古びた本が出てきた。その本は誰かの自作のものなのか、手書きで物語が書き綴られていた。
そして本にかけられたブックカバーの内側にあるポケットに万年筆が差し込まれている。
物置にある自分の物を整理する様、母に言われていた事も忘れて、セイラは古びた本を読み始める。
小説は読み進めると意外と面白かったのだが、最後のページを読んで唖然とした。
――悪魔令嬢イメルダは、執事ロイクの告発により処刑された。アーステラン王国に平和が訪れた――
「何これ! バッドエンドじゃない!」
セイラは本をばたんと乱暴に閉じた。
そして自分の肩まで伸びた茶色い髪の毛を、両手の指で滅茶苦茶にかきあげる。セイラはバッドエンドが大嫌いなのだ。
小説のお話は伏線も何もなく、唐突にヒーローの執事が仕えているお嬢様イメルダを裏切った。そして執事の所為で無実のイメルダが処刑されるという不快な結末だ。
作者は一体誰なのだろう。本には作者名が書かれていない。
もしかしたらイメルダが悪女だという伏線があるかもしれないと、再び本を読み返す。
そして読み進めると、何故か先程とは違う展開と結末になっていた。
――王子と婚約破棄されたイメルダは、執事のロイクと恋仲になりました。しかし、二人の仲は身分差があり上手くいきませんでした。絶望したイメルダは自ら命を絶ってしまいました――
「ふざけるなー!!」
セイラはイメルダが結局死んでしまう展開に苛立ち叫ぶと、再び本をばたんと乱暴に閉じた。
セイラは本を床に投げつけそうになったが、踏みとどまる。ひとまず着ているセーラー服のスカートの上に本を置いた。
不思議な事に先程とはストーリーが違っていたのだが、ヒロインのイメルダが死んでしまう結末は変わっていないではないか。
セイラはその後ストーリーが変わる不思議な本を何度も読み返した。しかし展開に多少差異があるが、ヒロインのイメルダが救われるような結末はない。
セイラはあまりにも報われないヒロインであるイメルダに同情の気持ちが湧いた。
そうだ。この本の作者には悪いが、自分で結末を幸せな物に変えてしまおうとセイラは思いついた。
まずは最初のページだ。セイラはブックカバーに差し込まれていた万年筆を取り出してキャップを開けた。
――王国に不思議な力を持った聖女セイラが現れました――
「あっ、自分の名前にしちゃった。恥ずかしい……」
思わず登場人物の名前を自分と同じにしてしまい、セイラは苦笑した。
「気を取り直して、結末!」
自分には小説を書くだけの気力はない。間の物語は飛ばして、セイラは最後のページにこう加えた。
――聖女セイラの活躍により、なんやかんやでイメルダはとっても幸せになりました――
文章を書き終えてから、セイラは後悔した。自分に絶望的に文才がない事に気がついたからだ。
これでは物語が破綻してしまい、成立しないのではないだろうか。
物語を上手く纏めるにはどうしたものか、そうセイラが目を閉じて顎にペンを当てながら考えていると、突然自分の髪の毛が揺れて風を感じた。
物置の戸は閉めた筈なのに。そうセイラは変に思い目を開ける。
目を開けると、セイラは朽ちかけた椅子が並ぶ石造りの建物の中にいた。
建物の中といっても、床は割れて穴だらけ。壁も崩れている。そして彼方此方に瓦礫が積もっていて、奥の方の壁には大きな穴が空いている。
その大穴からは、深い森が見えた。
「何、ここ……私は確かに家の物置にいたのに……」
セイラは思わずそう呟き、呆然と立ち尽くした。
ふと、セイラがぼうっと見ていた大穴の先に見える深い森から、一人の男が現れる。男はセイラを見つけると近づいてきた。
セイラはその男にここは何処かを尋ねようと口を開く。
「静かにしろ!」
男はセイラに向かって怒鳴りつけると、口を塞いでセイラを床に押し倒した。
セイラは床に体をぶつけて痛みを感じ、恐怖に怯えた。男はセイラの口から手を離すと、セイラの着ているセーラー服に手を伸ばす。
男の行動を見て、セイラは何をされようとしているのか察した。このままではこの見知らぬ男に汚されてしまうとセイラは必死に抵抗した。
「嫌! やめて! 助けて、誰かああ!!」
セイラは足をばたつかせて、腕を振りまわして力一杯叫んだ。すると男の逆鱗に触れたのか、セイラは男に顔を殴りつけられた。
「痛い! くっ……」
「殺されたく無ければ、大人しくしろ」
男はそう言って腰から鋭く大きな刃物を取り出した。
それを見てセイラは殺されるという恐怖から抵抗をやめる。
なんで、こんな事になったの。セイラは絶望を感じて全てを諦めかけたその時、鈴を転がすような美しく、しかし勇ましい声が聞こえた。
「貴様! 今すぐその女性を離しなさい! 殺すわよ!」
*
「助けてくれてありがとうございました」
セイラは目の前にいる、濃い金髪の美しい女性にお礼を言った。女性は赤いジャケットと白いズボンの乗馬をする時に着る服を身に着けている。とても細身でスタイルが良く、また顔が小さい。
女性はパリコレクションに出演でもしていそうで、現実離れしたような容姿にセイラはただ驚く。
「危ない所だったわね。女性が一人で廃教会の辺りにいるなんて。驚きました」
女性は濡らしたハンカチを、セイラがぶたれた箇所に優しくあててくれた。彼女が隣の執事らしき人と、セイラを男から助けてくれたのだ。
だが、七三分けの黒い髪の真面目そうな男性は、不機嫌そうに女性に文句を言った。
「私より先にイメルダお嬢様が出て行かれては、お嬢様をお守りできないのですが」
「まぁロイク、憎たらしい事を! わたくしが飛び出していかなければこの子が大変な事になっていたかもしれないのですよ!」
ゆるくウェーブのかかった長い金髪の女性はイメルダ、眼鏡をかけて黒い燕尾服を着た執事らしき男性はロイクと呼ばれた。
そこでセイラは気がつく。先程まで自分が書き換えようとしていた小説の登場人物と同じ名前と容貌だという事に――。
もしかして、私はあの小説の世界に来てしまったの?
そういえば物語の最初の方でイメルダとロイクは、廃教会付近に狩りへ出かけるエピソードがあったと思い出した。
今セイラの目の前で言い争いをしている、2人。
それは結末で必ず死んでしまい、まつ毛が長く美しい瞳と鼻筋の通ったイメルダ。
そして剣の腕は確かだが、表面上は冷静で表情が乏しい執事のロイク。
こんな煌びやかで綺麗な顔立ちの2人は、ハリウッドスター等の映画俳優がメイクとCGを駆使して、映像越しでようやく再現できるものだろう。
このように現実離れしたこの世界は、私のいた世界ではない。
間違いなく小説の中の世界だ。
疑惑は確信に変わり、セイラは途方に暮れてしまった。
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