┗親友同士のパジャマパーティー-後編(イメルダ視点)

 甘い香りがイメルダの自室に満ちて、丸いテーブルの前で座るイメルダの鼻をくすぐった。


「桃のフレーバーのお茶です」


 ロイクはそう言うと白いソーサーの上に乗る、白いカップに入ったお茶をイメルダと、イメルダの向かいに座るセイラの前に置いた。


 突然セイラが暫くハワード家の屋敷に滞在する事となり、イメルダは脱力していた。


先程イメルダとセイラは一緒に食事をして今は食後のお茶の時間だ。


 なぜ憎きセイラと食事をしなければならないのかしら。そう思いながらも両親の手前、イメルダは作り笑いをしながら表面上は穏やかに食事を終えた。


「いい匂い! ロイクの淹れた紅茶を飲むのも久しぶりだなぁ」


 セイラは笑顔で話しながらお茶を一口飲んで無邪気に喜んでいる。


 久しぶり、というのにイメルダは違和感があった。

 ロイクの淹れた紅茶を飲んだ事があるのはこの家に来た事があり、イメルダに用事のあった人間だけだ。


「セイラ、聞きたい事が沢山ありましてよ。まずは……」


 イメルダはセイラにローブの女について問いかけた。


 イメルダは魔力を急激に消耗した反動で倒れたので、その後の事は知らないからだ。


セイラが言うには、イメルダと協力して撃った魔法が当たる寸前にローブの女は移動魔法を使って逃げてしまったらしい。


 イメルダが倒れた後、ザーグベルトが騎士団を引き連れてやってきたので、セイラがローブの女の捜索を依頼したが見つかっていないそうだ。


「修道院の子達、イメルダに感謝してたよ。……初めて会った時、私の事も助けてくれたよね? ありがとう」


 イメルダはそれを聞いてはにかんで俯いた。喜びで顔が緩んでしまわないように目と眉を釣り上げて、再びセイラに向き直る。


「……当然の事をしただけです。騎士の家系であるハワード家は正義を執り行う象徴でなくてはいけないのですから」


「ふふ。照れてる」


 セイラはイメルダをからかうように笑った。しかし、セイラは険しい顔付きになると側で立っていたロイクに向かって口を開く。


「そういう訳だから。今度こそイメルダを裏切らないでよ、ロイク!」


「えっ……は、はい。心得ておきます」


 ロイクは突然名指しされて驚いた表情をして返事をした。

 それを聞いてイメルダは、もう一つの聞きたい事を思い出す。


「貴女は、どうしてロイクの裏切りを知っているのかしら?」


 イメルダに問われたセイラは、ロイクに向かって凄んだ表情を崩して、イメルダに向き直る。

 暫くの間セイラは口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと語り出した。


「私は、もう何度も時間を遡っているの」


「なっ……何度も……?」


 イメルダが驚愕している側でセイラは話を続ける。


 セイラが初めてこの世界に来た時、イメルダに助けられたきっかけでとても仲良くなった事。


 初めは聖女の力が出せなくて悩んでいた時に、イメルダに本を借りて魔法が使えるようになった事。


 セイラとザーグベルトの婚約と、イメルダの婚約破棄がきっかけで、仲が悪くなった事。


 イメルダが処刑される直前、セイラの能力が覚醒して時を遡る力を手に入れた事を話した。


「でも、私が時を遡ってイメルダを救おうとしても……貴女はどうやっても死んでしまうの。これは、私の世界で決められた運命だから。それを変えたいと私がいくら頑張っても無駄なのかもしれないわ」


「決められた運命……?」


 イメルダは首を傾げて呟いた。

 そんなイメルダに、セイラは遠くを見つめた目を逸らして笑顔を向ける。


「でも、今回はすごいのよ! 貴女の魔法の力が初めて覚醒して、ロイクまで記憶を持って時を遡る事ができたんだから! そしてあのローブの女も見つけた……恐らくイメルダを陥れた元凶よ。ローブの女さえ殺せば。今度こそ、絶対貴女は生き延びられる!」


そう言ってセイラは続けて、セイラちゃんに任せなさい! と胸を張って言うのが可笑しくて、イメルダは声を出して笑った。



 イメルダの自室にある置き時計は夜の10時を指している。

 食後のお茶はお開きにして、イメルダとセイラは寝間着に着替えて寝支度を整えた。


「それではお休みなさいませ」


 ロイクはそう言うと、一例して部屋から出て行く。


 イメルダは元々ある自室のベッドに腰掛けていた。


 セイラはイメルダのベッドの隣にある、使用人に運び込ませたベッドに腰掛けている。


 セイラはイメルダの部屋で一緒に寝たいと言ったので、ハワード家の使用人に急遽セイラの為のベッドを用意させたのだ。


「わたくしの部屋が狭くなってしまいました。王宮の広いお部屋で寝ている方がいいのではなくて?」


 イメルダが嫌味を言うと、セイラは友達なんだから別にいいじゃない! と頬を膨らませた。


「貴女とわたくしが友達なんて、信じられません。大体、わたくしの婚約者を横から奪っていく貴女を、わたくしが好意的に見れる訳ないでしょう」


 イメルダは、頬を膨らませたセイラを険しい目つきで見ながら文句を言った。


「うう……それには訳があるの! イメルダがきちんと婚約して結婚の話が進むと、ロイクはイメルダの執事の任を解かれてイメルダとは離れ離れになるの。そうしたら、大体イメルダは精神が不安定になって自殺しちゃうんだよ」


「じ、自殺!?」


 セイラの言っている事はイメルダにとって信じ難いが、これまでの謎の行動や言動を見るに、妙に辻褄が会う気がした。


「イメルダはロイクの事、本当に好きなのね。裏切られたのに」


 セイラは呆れたようにイメルダに言った。イメルダは気恥ずかしくはあるが、ロイクを擁護したかった。ロイクは自分の事を大事に思ってくれている。イメルダは自分と結婚できると喜んでいたロイクを信じたかった。


「きっと、今度こそ裏切らないわよ……。ええと……この事は、どうか誰にも言わないで頂戴」


 イメルダが不安げな顔で懇願すると、セイラは静かに頷いて会話を続けた。


「私もね、ザーグベルト様が本当に好きなの。でも、ザーグベルト様はイメルダの事が好き。それに私は元の世界に帰りたい。だから、結ばれたいとかそういう感じじゃないけど」


 セイラはそこまで言うとベッドに寝転んだ。


「魅了魔法だって、好きで使っている訳じゃないわ。私の意思を無視して、勝手に暴走して発動したりするの」


 イメルダは、イメルダのいる反対の壁を向いて話し続けるセイラを見た。イメルダはセイラの本心を知り複雑な気持ちになる。


「誰かを想っている人から無理矢理心を奪うなんて、私だって嫌だった。そのうち反感を買われる位なら、初めから変な奴と思われた方がマシだから変人を気取っていたし」


 セイラは頭上にあった枕を取り、顔を埋めてしまう。


「ここで恋をしたって、本当に無駄なのよ。だから、私は……」


 セイラは途中で言葉を切る。イメルダには泣いているように見えた。

 以前、ケロベロス伯爵邸でセイラに投げかけた暴言をイメルダは思い出してばつが悪くなる。


「セイラの事情も知らずに。わたくし貴女の事を卑しいなどと言ってしまって……」


 しかし、イメルダの謝罪の言葉はセイラが手を振って静止した。


「いいの。それより明日からはローブの女を殺す為に色々準備していくわよ」


 セイラはそう言うと、起き上がって掛け布団を手に取り、それを体にかけながらおやすみと言って寝てしまった。


 ローブの女。それを殺せば今度こそ自分は生きる事ができるのだろうか。そう考えながらイメルダもベッドに横になり目を閉じて眠りについた。

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