第21話 突入

 ロイクは黒いローブの人物とカリンが入って行った倉庫の敷地内に足を踏み入れる。

 倉庫は三角の黒い屋根の下に四角い建屋がついている、簡素な見た目の造りだ。


 そこからロイクの入ってきた門まで、少し汚れた古い石畳が引いてある。

 その脇には、手入れのされていない樹木が植えられていた。


 倉庫として使っているのであれば、頻繁に荷物の出入りが為されるはずだ。しかし先程から荷馬車や荷物を積む係の者がいる気配はなかった。


 ロイクが走りながら観察した見立てでは、この場所で荷物の出入りがあまりないように感じた。


 少し遠くの倉庫の入り口付近に、見張りの男がいる。その近くにイメルダとザーグベルトが立っていた。


 イメルダが黒い煙を出して、男に術をかけたのをロイクは見た。

 その後、イメルダは先程公園でイメルダに渡した剣の柄で男を殴りつけている。


 そこまで目で追っていたロイクは全速力で走った事で疲れてしまい、下を向き息苦しさに耐えた。


 ロイクは息を切らせて、倉庫の入り口にいるイメルダとザーグベルトに追いつく。ロイクは膝に両手をついて息を整えた。その姿勢から、顔を上げて2人に視線を向けた。


 すると、2人の足元に先程の男が倒れていた。イメルダに剣の柄で殴られた男が、地面に倒れて伸びている。


「ロイク! 持ってきた紐を出しなさい。この者の腕をしばってその辺に転がしておきましょう」


「はぁっ…はぁ、はい……」


 イメルダがロイクに指示をする。ロイクはイメルダが自分に怒らないのを見て、彼女は頭に血が昇っている事を察した。


 普段のイメルダはロイクが失態すると、嬉しそうに文句を言ってくる。ロイクが慌てる反応を楽しんでいるのだ。しかし、今はそんな事で時間を取るつもりは無いのだろう。


「執事君、急がせて悪いね。君が落ち着いたら突入としよう」


 ザーグベルトも少し息が上がっているようで、ロイクを気遣いつつ額に滲んだ汗を拭っていた。ロイクが呼吸を整えながら鞄から紐をとりだすと、ザーグベルトが紐を手に取り男を縛りあげた。


「突入しますわよ!」


 イメルダは剣を抜いた。その顔の表情は戦意に満ち溢れている。


「イメルダ、先程の術……いや、今はいいか。気をつけて行こう」


 ザーグベルトがイメルダの術について触れたが、すぐに口を閉ざした。ロイクとザーグベルトも剣を抜く。

 ロイクはザーグベルトにイメルダの術を見られて少し不安になり、イメルダに声をかける。


「……殿下も言うように、無茶はされないでくださいね。お嬢様」


「……大丈夫です。剣の訓練は毎日していますもの。カリンが待っているわ、早く行きましょう」


 イメルダの声は不安そうだった。カリン安否が心配なのだろう。


 目の前の巨大な倉庫にしては小さい扉にロイクは手をかける。


 扉に力を込めて引くと、ガラガラと扉が横に引きずられる音が辺りに響いた。スムーズに扉は開いた。鍵はかかっていない様だった。同時に倉庫の中から錆臭い匂いがロイクの鼻をつく。


 扉の中は薄暗く、広さがあった。埃を被った背の高い鉄製のラックが並んでいる。手入れもされていないのか、ラックは錆びて所々茶色く変色している。そしてラックには箱に入った錆びたネジや、壊れたランプが入っていた。


「倉庫というよりは、ゴミ置き場のように見えますね」


 ロイクは先頭に立ち倉庫の中に足を踏み入れ、後ろのイメルダとザーグベルトに話しかけた。


「普段から使っていないのだろうね。これはどこの所有か後で調べるよ」


 ザーグベルトがそうロイクに返事をした時、突然ラックの影から人影が飛び出す。


「お坊ちゃん、何を調べるんですかねェ?」


 辺りに聞き覚えの無い男の声が響いたかと思うと、何者かがザーグベルトに斬りかかってきた。


 ロイクは素早くザーグベルトの前に出て、男の剣を自分の剣で受ける。

 キィン! と金属が打ちつけられる甲高い音が倉庫に鳴り響いた。


 ロイクの目の前には、下品な笑い声と共に頭にバンダナを巻いて、白いシャツと茶色いズボンを履いた男がいる。その男とロイクは鍔迫り合いの状態となったが、ロイクがすぐに男の剣を押し切って、男を切り伏せた。


 更に続けて柄の悪そうな男達がラックの影から2人出てくる。


「流石、ボザック殿から毎日稽古をつけてもらっているだけはあるね!」


 ザーグベルトはロイクにそう言うと、続けて出てきた別の男の一人を素早く斬り伏せた。

 イメルダは術を使い、残ったもう一人の男を再び剣で殴りつけて気絶させていた。


「お二人とも、御怪我は?」


 ロイクは剣を下ろしてイメルダとザーグベルトの安否を確認する。


「大丈夫です。ロイクも怪我はしていなさそうね。よかった」

そう言って返事をしたイメルダはロイクに微笑んだ。


 ロイクはイメルダに微笑まれて顔が熱くなるのを自覚する。


 イメルダお嬢様はつい最近まで、常に不機嫌そうな顔で普段過ごしていた。笑顔と言えば、復讐の計画を企てる時のみ見せる邪悪な笑いだけ。それなのに最近は、自分に向けて笑いかけてくれるのだと、ロイクはイメルダの変化に戸惑っていた。


「執事君、一応僕も無事だよ。……一応」


 ザーグベルトが申し訳なさそうに自分の安否を、イメルダと見つめ合うロイクに告げてきた。


 慌ててロイクがザーグベルトに返事をしようとした時、イメルダの後ろにあるラックがキイィと軋んだ。


「お嬢様!」


 ロイクが急いでイメルダの元に駆け寄り、剣を構える。


 しかし、ラックの影からおずおずと姿を見せた人物はカリンだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る