第20話 追跡

 ブランコを1人で楽しそうに漕ぐカリンを、ロイク達3人は茂みの隙間から見ていた。


 公園は静かだった。誘拐事件があった為か人が殆どいない。


 カリンがブランコを漕ぐ音。風が吹いて草木が揺れる音。木の枝に止まった小鳥のさえずりが時たま聞こえるだけだ。


 そろそろ30分くらい経っただろうか。ロイク達はかれこれずっとカリンの遊ぶ姿を眺めている。


 進まない捜索に疲れたのか、イメルダは深く溜息をついた後、小声で提案してきた。


「ザーグベルト様、方法を変えませんこと? カリンじゃなくてわたくしが囮になります。ハワード家も聖女もしくは魔女の血を引いていますわ」


「駄目だよ。そもそも君はセイラに顔が割れているじゃないか。犯人がセイラだった時……」


 ザーグベルトも小さな声で反論し返す。

 そんなやりとりを横目に、ロイクはオペラグラスを片手にカリンを見張っていた。レンズ越しに拡大されたカリンが、バネで動く木馬の遊具に向かって歩いていくのが見える。


 突如、黒い煙のようなものがカリンの近くに現れる。

 それはイメルダの術が発せられる時のオーラに似ているとロイクは思った。


 黒い煙に似たものが薄くなると、真っ黒のフード付きのローブを来た何者かが現れる。

 フードを深く被っている為か、顔は見えない。


 ロイクは見た目の怪しさに加えて、移動魔法を使った黒いローブを着た人物を、誘拐犯だと睨む。


「お2人とも! 現れましたよ!」


 ロイクはなるべく興奮を抑えて、静かな声でイメルダとザーグベルトに伝える。

 それを聞いたザーグベルトとイメルダは慌ててカリンに注視する。


「うまくかかったね。カリンには危険な役目と伝えてあるけれど……どこまで理解しているか」


 ザーグベルトは、少し顔を強張らせて言った。どうやらカリンを囮にする事に対して、少しは罪悪感があるようだった。


 黒いローブを着た人物は、カリンに近づいたかと思うと、黒い煙を再び出してカリンを包み込んだ。

そして踵を返して歩き出す。


「動きだきましたわ……! カリンは無事ですか?」


 イメルダは囁き声で心配する声をあげる。


 カリンを包んだ黒い煙は即座に空中に飛散して消える。

 そしてカリンは、黒いローブの人間の後ろに着いて行くように歩き出した。


 ロイクは、この光景に覚えがあった。イメルダお嬢様の心を惑わす術とそっくりだったからだ。


 見失わない程度に十分距離ができたのを見計らい、3人は茂みからそっと這い出た。


 黒いローブの人間とカリンは公園の外に出ると、民間の馬車に乗り込む。


 それを見て慌ててロイク達も側に止まっていた馬車に乗り込んだ。

 ザーグベルトが、御者にカリンが乗った馬車を追跡するように指示した。



 馬車の窓から昼間の賑やかな通りが見えた。道行く人の多いメインストリートを抜けて、暫く馬車が走った後、人気のない港付近の通りに着く。


「ここは……随分と広い土地に大きくて見栄えしない建物が建っているわ。ロイク、何をする所なのかしら?」


 イメルダは窓の外を不思議そうに眺めながらロイクに尋ねてくる。

 途中、馬が何頭か繋がれた荷馬車と何度もすれ違った。


 この港付近の通りは他国から輸出・輸入する品物を保管しておく大きな倉庫が建ち並んでいる。

 その荷物を運ぶ為だろう。


「港の交易所の近くです。商人が物を取引したり、届いた荷物を受け取って町へ運んだりもします。大きな建物は、その中に品物を保管しておくのですよ」


 ロイクはイメルダに簡単に説明する。


「御令嬢のイメルダはこんな所に用はないからね。僕は、王子の仕事で何度か来ているから知っているけれど」


 ザーグベルトは薄い金髪をかきあげて、得意げに自分は知っていると主張した。

 それをロイクは嫌味だな、と感じる。


「まぁ……知らないのはわたくしだけでしたのね。少しだけ悔しいです」


 案の定イメルダは不機嫌そうに口を曲げ、目を細めた。

 追跡は気が付かれていないのか、ロイク達の乗っている馬車は快調に進んで行く。


 カリンを乗せた馬車は、そのうちの一つの倉庫の前で停まる。


「停めてくれ!」


 ザーグベルトはカリンの乗った馬車が停まったのを見て、慌てて御者に指示する。

 ロイク達が乗った馬車は急停止した為、乗っていたロイク達は姿勢を崩して前のめりになった。


 イメルダとザーグベルトは態勢を戻すと、御者が扉を開けるのも待たずに馬車から飛び出すように降りる。

 そして2人はそのまま倉庫に向かって走って行った。


 その光景に驚きながらやってきた御者に、ロイクは慌てて代金を取り出して支払い、2人の後を追いかける。


 一国の王子と男爵令嬢の護衛を任されているロイクは2人の行動に胃痛がした。

 しかし今は我慢する他なかった。


「全く、無鉄砲な二人だ!」


 ロイクは文句をこぼしながら、全速力でイメルダとザーグベルトの元へ急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る