┗修道院にて-後編

「カリン! 勝手に先に行かないでくれ」


 ザーグベルトが修道院の出入り口から走って出てきた。


 カリンと呼ばれた少女は、ザーグベルトが此方に向かって来るのを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべると、ぴょんと飛び跳ねる。カリンの着ているグレーのローブ型修道服がその反動でふわりとはためいた。


 すると、白い光と共に先程までロイクとイメルダの隣にいたカリンは姿を消してしまう。


 これは、聖女の力である移動魔法だとロイクは思った。

 ザーグベルトはロイクとイメルダの所まで走ると、カリンの姿がいなくなっている事に気がつく。


「はぁ……はぁ。またいなくなっちゃったよ。もう少し大人しい子にしたかったんだけど、聖女の血を引いているのは、彼女しかもういなくて」


「まさかあの子供も捜査に連れて行く気でして?」


 イメルダは驚きながらザーグベルトに尋ねた。


「……うん。カリンはこの辺では有名な子なんだ。修道院隣接の公園で、自分から魔法が使えると言いふらしているからね。僕の作戦に適任だ」


 ロイクはそこまで聞いて、ザーグベルトのやろうとしている事を察した。

 恐らく、ザーグベルトは聖女の血を引くカリンを囮に、誘拐犯を誘き出そうとしているのだろう。


「カリンー? 僕に協力してくれたら一緒にデートするって約束したじゃないかー」


「まぁ! あの子ったらおませさん」


 イメルダはそんなザーグベルトの黒い企てに気がつかず、カリンの可愛らしい願いにクスクスと笑っていた。


 ロイクはそんなイメルダを見て、彼女の歪んだ心が少しずつ回復しているのかもしれないと感じた。


「こっちにいるー! 早く公園いこー?」


 遠くからカリンの声が聞こえる。

 声が聞こえた先、修道院の敷地にある塀に挟まれた門の近くをロイクは見る。


 門は公園に続く出入り口で、先程ロイク達が入ってきた場所だ。再び移動魔法を使ったのか、一瞬にしてカリンはそこに立っていた。



 修道院に隣接する公園は、散歩にちょうど良い舗装された石畳の道がある。

 その石畳の道を暫く歩くと、地面に芝生がひかれた広い場所に出た。


 その場所にはいくつか遊具が見える。バネで動く木馬の遊具、滑り台、ブランコがあった。


 ザーグベルト曰く普段は子連れの家族が多いそうだが、誘拐事件が起こった為か誰もいない。


「じゃあ、カリン。約束通り一人で遊んできてくれる?」


ザーグベルトはカリンに優しく言った。


「はーい! 今日は一人占めだー!」


 カリンはそう言うと走って滑り台に向かっていった。


「僕達は遊具の近くの茂みに隠れよう。誘拐は修道院の子供が外で遊んでいる時にさらったとも聞いている」


 ザーグベルトがそう言って、移動しようとした時。イメルダがザーグベルトに向かって怒ったように話しかけた。


「……ザーグベルト様。もしかしてカリンを囮にするつもりでして?」


「そうだよー。……咎めるつもりなら後で聞く。ほら早く隠れて!」


 ザーグベルトは笑顔でそう返事をした。

 そのまま張り付いたような笑顔をイメルダに向けながら、すたすたと茂みに入っていった。


 イメルダは元々の気質としては正義感が強い。優しく、他人を思いやる心を持っていた頃のイメルダをロイクは知っている。


 だからザーグベルトの非道とも取れる行いに、イメルダは納得できないのだろう。


 ロイクは、唇を噛み締めて動こうとしないイメルダの手を引いて歩き出す。


「お嬢様。ご納得できないかもしれませんが、今はこれ以上の策は打てません。殿下に従いましょう」


 イメルダはロイクに諭されて、重々しく口を開いた。


「……分かりました。でもカリンの安全は必ず確保しましょう。そうでなければ、わたくしは自分が許せません」


 そうロイクに告げると、イメルダはザーグベルトの待つ茂みにロイクに手を引かれながら渋々入った。

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