第18話 待ち合わせ
ハワード家の屋敷のドレスルームの外の廊下でロイクは、支度をするイメルダを待っていた。
ロイクは肩の重みが少しだけ煩わしかった。肩にかけた革製の斜めかけの鞄がロイクの肩に食い込んでいるからだ。今日の為の荷物で鞄は膨らみ、明らかに容量は超過している。
ドレスルームのドアが開き、若いメイドが顔を覗かせる。
イメルダが着替えを終えたのを、メイドはロイクに告げてきた。
「失礼します」
一声かけてロイクはドレスルームに入室する。
部屋の中はイメルダやイメルダの母マリアのドレスが、息の詰まるほど並んでいる。ロイクは少し狭い鮮やかなドレスの通路を歩いてその奥に向かった。
奥には化粧台の巨大な鏡の前で、赤くシルエットの細い動きやすそうなドレスを着た、髪をセットされるイメルダをロイクは見つける。
「髪は編み込んで頂戴、今日は髪を下ろしたいの」
「かしこまりました。お嬢様」
イメルダの指示に、ヘアセットの担当である壮年のメイドは笑顔で返事をした。
壮年のメイドはイメルダの腰まであるゆるくウェーブした濃い金髪を櫛でゆっくりととかす。
鏡に写った彼女は、凛々しい表情だ。まるでこれから戦にでも出かける戦士のようだ。
しかしイメルダの表情とは裏腹に、その側には不安そうな表情のマリアがいた。
「ロイク、今日はザーグベルト殿下に失礼のない様にね。貴方の事ですから心配はありませんが」
「はい。お任せください。……今日は念のため2本剣をもっていこうと思います」
1本はまさかイメルダの分だとは言えない。
しかしマリアに怪しまれて指摘されると、あっという間に彼女に詰め寄られて平手打ちをくらうだろう。
その為ロイクは、悩ましげにしているマリアの隙をついて、あえて自分から申し出る。
「そうね、いいと思うわ。それにしても殿下は、イメルダの事をどう思っているのかしら。突然オペラの観劇に誘うなんて」
ロイクは剣についてマリアが触れない事に胸を撫でおろした。
マリアは頬に手を当てて、イメルダを心配そうに見つめている。
イメルダの事を溺愛するマリアには到底言えないが、今日は聖女セイラの行方と子供の誘拐事件の関連性を捜索する日だ。
事件の捜査というのは、危険に足を踏み入れる事にもなりかねないだろう。
ザーグベルトとイメルダは、王族と貴族であるので警備の無い場所には表向きは出向けない。
その為町の劇場で、長時間オペラ観劇するという建前を取る事とした。劇場から上手く抜け出して、町で手がかりの捜索を試みるという算段だ。
*
ロイクとイメルダは屋敷を後にして、馬車で待ち合わせのオペラ座に向かった。
目的地に着くと二人は馬車から降り、オペラ座に併設するカフェに行く。
ロイクは受付の白いスーツを着た男性に、イメルダの名前を告げた。
すると受付の男性はロイクとイメルダを、平民は入れない貴族・王族専用のテラス席に案内する。
テラス席は小さな庭の様になっており、色とりどりの花があちらこちらに咲いている。
中央には丸いテーブルと椅子があり、ザーグベルトはそこに腰掛けている。
彼は優雅に紅茶を飲み、何かの本を読んでいた。
しかし、ロイクとイメルダがテラスに入って来たのを見つけると、ザーグベルトは顔を上げて本を閉じる。
「待っていたよ、イメルダ。ロイク」
「お待たせして申し訳ございません、殿下」
ロイクはそう言って、ザーグベルトの向かいの椅子を引く。イメルダはその椅子に座る。
「殿下に頼まれていた資料、屋敷の書庫から持って来ましてよ」
イメルダがそういうと、ロイクは肩に掛けていた革製の鞄から本を数冊取り出す。そして本をテーブルに並べた。
ザーグベルトはテーブルに置かれた一冊の本を手に取る。
それは異界文字と呼ばれる文字で書かれた本で、ロイクやイメルダには解読できないものだった。
「ありがとう」
ザーグベルトは、そう言って本を開く。
本の中身は、ロイクが見たことのない文字が並んでいた。
暫く目を通して、ザーグベルトは口を開く。
「ええと……この本のここに。こう書いてある」
どうやらザーグベルトは異界文字が読めるようだ。
王子ともなると、異界の勉強もするのかとロイクは感心した。
「アーステイル王国から異界に再召喚する方法。聖女や魔女の力に目覚めた者の命が必要。異世界転移魔法、もしくは転生魔法の使用ができる」
ザーグベルトが読み上げた内容に、ロイクとイメルダは動揺した。
セイラの目的は――処刑されるイメルダの命を使い、セイラは異界に帰るつもりなのか?
セイラは一体いつこの情報を手に入れたのか。
ロイクは苛立った感情を表に出さぬよう歯を食いしばる。セイラはお嬢様に嫌がらせをするに足らず、命まで狙っていたとは。
あまり反応するとザーグベルトに怪しまれる為、ロイクは静かに怒りを募らせた。
「なんて事なの! セイラの目的はっ……」
イメルダは椅子から立ち上がり、叫ぶ。
「実は行方不明の子供達はみんな、聖女や魔女の血が入った家の子供達なんだよ」
しかしザーグベルトが見解を述べた為、怒りに任せて叫ぼうとしたであろうイメルダは、冷静になったのか言葉を飲み込んだようだ。
ザーグベルトは言葉を続ける。
「予想だけど。セイラは子供を使って、故郷に帰りたがっているんじゃないかな。僕の父、国王はそれを許さないだろうけど」
「……そのようですわね。人道的ではないけれど。異界にある祖国から突然この世界に呼ばれた、セイラの気持ちも分からないではないですわ」
イメルダはそう言って少し俯く。
もしや彼女なりに心を痛ませているのだろうかと、ロイクは感じた。
「さぁ、状況も整理したし。そろそろ町に出ようか」
王子はそう言って立ち上がり、歩き出した。
イメルダもそれに続くが、後ろを見てロイクに声をかける。
「ロイク、参りましょう。長い1日になりそうです」
それだけ言うとイメルダは再び顔を正面に向けた。
「はい、お嬢様」
そう返事をしてロイクは、テーブルにある本を仕舞った。
お嬢様をセイラからお守りせねば。そして今回の事件を解決してお嬢様と自分は――
ロイクは夢のような未来を感じて胸が弾んだ。
「執事君―、時間がないから急いで」
ザーグベルトに急かされたロイクは、慌てて二人の後ろを追いかけた。
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