┗迷子の聖女様-後編

 ロイクはイメルダの自室でお茶を注ぐ。


 そして丸いテーブルに向かい合わせで座っている、ザーグベルトとイメルダに、ロイクは注ぎ終わったお茶をお出しした。


「イメルダ、ケロベロス伯爵邸ぶりだね。あの時はどうも」


 ザーグベルトは、わざとらしくイメルダに打たれた頬と、蹴られた腹部をさすりながらイメルダに話しかけた。


「ふふ。そうでしたわね、ザーグベルト殿下。今日はどうされたのです? この間の報復でして?」


 イメルダはもう恋人ではなくなったザーグベルトに、殿下の敬称をわざとらしく強調して、返事をする。


 イメルダが言うこの間とは、ケロベロス伯爵邸でザーグベルトとロイクが剣で打ち合った後の事。イメルダに頬を思いっきり打たれ、蹴りを食らった事だろう。


 ロイクはあの時のイメルダの鬼の様な形相を思い出して、身震いをした。


「まさか。僕はそんな小さな男じゃない。騎士の精神を持つものとして、報復なんてしないさ」


 そう言うとザーグベルトは薄い金の前髪を、格好つける様にかきあげた。


「今日君に話があるのは、セイラの事だよ」


 セイラ、そう聞いてザーグベルトに愛想笑いをしていたイメルダは、真顔になった。

 そして、真剣な声色で話し出す。


「この際だから言いますわ。実は、先程の子どもの誘拐事件について聞いていましてよ。あれは、セイラが犯人なのではなくて?」


「話が早いね……まさか盗み聞きしていたのかな。まぁ、いいや」


 ザーグベルトはイメルダの行動に苦笑して、話を続けた。


「子どもの誘拐は、犯人がローブを被った女で、怪しい術を使って誘拐している。この術は、恐らく聖女の力だ。ケロベロス伯爵邸で僕やロイク、ケロベロス伯爵が操られたような異常な行動をした。その力さ」


 ザーグベルトは深刻な表情で、イメルダに告げる。

 しかし、その情報はロイクとイメルダは知っているので、特に驚く事はなかった。


「……ハワード家は聖女関連の書物が沢山あるので、それについてはある程度は知っていましてよ。もしかして、殿下はセイラについてよく知っているわたくし達に調べろと仰いますの?」


 イメルダは、ザーグベルトを少し見下す様な表情で高圧的に尋ねた。


「ああ、辞めてくれイメルダ。そんな顔で見つめられると……せっかく君を諦めたのに、胸がときめいてしまう」


 イメルダの刺すような視線にあてられたのか、ザーグベルトは胸を押さえて、顔を赤らめた。

 それを見てイメルダは怪訝そうな表情になる。


「……貴方、わたくしをそういう目で……」


「とにかく、セイラの行動については国家機密事項。下手に表に出すと国が傾いてしまう。頼れるのは、セイラの力を目の当たりにした君達しかいないんだ。僕と町に調査に着いてきてくれないか」


 イメルダはザーグベルトの態度に文句をこぼそうとしたが、ザーグベルトが話を戻した為か黙る。

 どうやら、ザーグベルトが今日ボザックに会いにきたのは建前で、ロイクとイメルダに協力を仰ぎにきたようだ。


「勿論、いい話もある。もしこの事件をうまく解決してくれたら、ロイクに勲章と爵位を授ける事を僕が父上に打診してもいい」


「なんですって!?」


 ザーグベルトの唐突な提案に、イメルダは驚いて、前のめりになる。

 ロイクもなるべく冷静さを保っていたが、心臓が跳ね上がっていた。


「もし、ロイクが勲章と爵位を賜ればイメルダと結婚できるかもしれないね。ロイク、どうする?」


 イメルダは、ロイクを不安そうに見つめていた。

 あの時、自分に好きだと言ってきたイメルダ。平民の自分がイメルダに想いを伝える事はできない。


 しかし、貴族になれば……イメルダの気持ちに応えたい。

 そうロイクは気持ちを整理して、静かにザーグベルトに頷いた。


「決まりだね」


「あの、ありがとう……」


 イメルダはザーグベルトに静かにお礼を呟いた。

 ザーグベルトは、好きだった人に幸せになって欲しいからね。そうにこやかに言った。

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