第17話 迷子の聖女様-前編
「聖女様が行方不明に? ザーグベルト殿下、それは本当ですか」
イメルダの父ボザックは深刻そうな声色で話す。
「はい、元々自由奔放な少女ですが。先月、9月中旬に入ってから城に帰らないのです」
ザーグベルトも、溜息混じりに返事をしている。
「9月というと、丁度町の子供達が行方不明になっている時期と被りますな」
ハワード邸、ボザックの執務室では何やら不穏な会話がされているようだ。
その執務室の隣にある書庫室に、イメルダとロイクは盗み聞きを行っていた。
沢山の本棚と紙の束に囲まれる中、イメルダがグラスを執務室のドアにあて、グラスのふちに耳をつけている。
その側で、ロイクも壁にグラスと耳をつけていたのだが、今に誰か書庫室に入ってくるのではないかと、肝を冷やしていた。
盗み聞きという背徳感に耐えきれず、ロイクはグラスから耳を離す。
「お嬢様、いくら何でも盗み聞きは……」
そして、盗み聞きを続けるイメルダに、ロイクは小さな囁き声で声をかけた。
なぜこんな事になったのか。
それは今朝騎士団の統括を担当しているザーグベルトが、騎士団長を務めるボザックに会いに、ハワード邸を突然訪問した事から始まる。
ザーグベルトは来て早々に「聖女について相談が」とボザックに告げた。
それを側で見ていたイメルダは、聖女セイラの情報を得る為に、ザーグベルトとボザックの会話を盗聴しようと決めたのだ。
「シーッ! 静かになさい、聞こえないわ。ほら、ロイクもちゃんとセイラの悪行の情報を聞き逃さないように、グラスと耳をおあてなさい」
イメルダもまた囁き声で返事をして、ロイクを牽制する。壁を指差しするジェスチャーで、早く盗聴を続けろとイメルダはロイクに指示をした。
仕方なくロイクはイメルダと並び、再びグラスを執務室側の壁に着けて、耳をあてた。
相変わらず壁の向こう側は重々しい雰囲気で、ザーグベルトとボザックが話をしている。
「先日のボザック殿の報告にありましたが。子供を連れ去ったと思われる人物。ローブを被った女性を目撃した者がいると言っていましたね」
ザーグベルトがボザックに問いかけた。
「はい。何でも子供がその女性に話しかけられた後、魂が抜かれた様に子供がついていったとか」
ボザックが返事をした。その内容にロイクとイメルダは驚く。
どう聞いても、その力は聖女セイラのものにしか思えなかったからだ。
「……なるほど。聖女セイラが城の外に勝手に出て行った際、その女に狙われたのでしょうか」
ザーグベルトはため息をついて、ボザックからの情報についての見解を述べた。
「確かに怪しい。同じ犯人に聖女様と子供達は誘拐されたのかもしれないですな。それでは殿下、今日は騎士団の方で聖女様の調査をご依頼にいらっしゃったという事でよろしいですかな?」
ボザックは熱の入った声でザーグベルトに問いかけた。
正義感に溢れたボザックの事だ。町の子供たち、聖女までもが犯罪に巻き込まれているこの状況が、さぞもどかしいのだろうとロイクは推察する。
「それが……あまり表立って調査をする事は、僕の父より止められています。国民や貴族、他国に聖女を失ったと広まれば、国力が落ちたと捉えかねられないと」
しかし、その熱意とは裏腹にザーグベルトは苦々しそうに返事をする。
国というのは個人の意思だけでは動かしてはいけない。
ザーグベルトがイメルダを好きでも、国のためにセイラと結婚しなければいけないように。
貴族の血縁者が増えてしまわないよう、貴族と平民の婚姻を禁じたりするように。
聖女の安否はともかく、国王の判断は正しいだろう。そうロイクは納得できないながらも理解する。
「それは困りました。ですが国王陛下の命ならば、騎士団は従うのみ。では聖女様の調査は、表向きは子供の誘拐事件として捜査を進めましょう」
ボザックは残念そうに承諾する。
「よろしくお願いいたします。ところでボザック殿、本日イメルダ嬢はおいでですか? その、挨拶くらいはしておきたくて」
ザーグベルトは、ボザックの返事に安心したような声色だ。そして話題を変えた。
「これはこれは。恐れ多い。イメルダも喜びましょう。すぐに呼びつけてお茶のご用意をいたします」
そこまで会話を聴いて、ロイクとイメルダは慌ててグラスを壁から外す。
「ロイク、直ぐにわたくしの自室に移動するわよ!」
ロイクとイメルダは足音を立てない様に、そっと歩いて書庫室を出る。そしてまた足音を立てない様に、そっと歩き出したのだが――
「おや、イメルダとロイクじゃないか」
二人は早々に話を切り上げたのだろう。
ロイクとイメルダは、ボザックとザーグベルトに鉢合わせてしまった。
幸い、書庫室から出た所は見られていないようだ。
「丁度良かった、イメルダ。ザーグベルト殿下とお茶でもと思っていたんだ」
ボザックは、二人の婚約が有耶無耶になった事など気にせず、イメルダに気さくに提案する。
「まぁー! 嬉しいですわー。では殿下、わたくしの自室に参りましょうー。ロイク、すぐにお茶を入れて準備して頂戴―」
イメルダはわざとらしく語尾を上げて、喜んでみせた。そして自室にお茶の準備をロイクに命じる。
「かしこまりました、それでは準備を致しますので失礼します」
ロイクは苦笑をこらえつつ一礼をして、準備をする為にイメルダの自室に向かった。
イメルダお嬢様は何か魂胆があるのだろう。使用人室でお茶の道具を揃えながら、そうロイクは考えた。
聖女セイラ、彼女の情報をイメルダは欲しがっている。恐らくザーグベルトから聞き出すつもりだ。
自分も何か手伝わなければ。ロイクは気合をいれた。
熱を出したあの日。何かの勘違いでロイクは、無実のイメルダを罰してしまったのだと知った。
ロイクは何が真実なのか分からなくなった。もしかして、イメルダが嘘をついているかもしれない。
だが、ロイクは信じたい。自分に真っ直ぐに好意を示してくれた、イメルダお嬢様を。
そして、ロイクはもう二度とイメルダを裏切らないと誓ったのだから。
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