第14話 私の大事な人
ザーグベルトがロイクの首元に剣を向けた時、ロイクは自分の死を覚悟した。
「ザーグベルト様。それ以上、卑怯な脅しをかけるなら。わたくしもそれなりの対応をいたします」
イメルダの声は震えていた。彼女は虚勢を張っているとロイクは感じた。
しかし、イメルダお嬢様は自分の最期に何をする気なのだろうと、ロイクは少しだけ嬉しくて目を細める。
「うるさい! 卑怯な手でも使わないと駄目なんだ! だって君はロイクしか愛せないくせに!!」
でもここまでか、ザーグベルトがヒステリックに叫ぶのを見てそうロイクは思った。
死ぬ最後にイメルダの顔を見ようとロイクが振り向くと、イメルダはすぐ近くにいる。
しかしイメルダは座り込み喀血して、ロイクに向かって手を伸ばした後地面倒れ込んだ。
突然倒れたイメルダを見て、彼女はまた無茶をして術を使ったのだとロイクは察した。これでは死にきれないとロイクは慌てる。
イメルダお嬢様――!
だが、無常にもザーグベルトの剣は自分に振り下ろされる。
ザーグベルトが剣でロイクを斬りつける寸前、突如白い光球が飛んできて、ザーグベルトの剣は音もなく粉々に砕けた。
「なんで、そんなに無茶するのよ。死んじゃうわよ……! 自分が死んだ原因の奴を助けようとするなんて……!」
セイラの声が聞こえ、ロイクはそちらを見る。
彼女は両手をかざして、足を開いた状態から、腕をおろして姿勢正しながらロイクを睨みつけた。
先程の光球が飛んできた方向からするに、セイラが剣を砕いたのではとロイクは考えて聞いてみる。
「もしやセイラ様が、ザーグベルト殿下の剣を破壊されたのですか?」
ロイクの問いかけにセイラは答えない。
セイラは背中をロイクに向けて両腕を広げると、白い光に包まれ消えた。
恐らく移動の術を使ったのだろう。
「ろ、ロイク……」
ロイクはセイラが消えるのを見た後、口から血を流すイメルダを急いで抱き寄せた。
「お嬢様!? ご無事ですか?」
ロイクはハンカチを取り出して、イメルダの口から垂れた血をそっと拭った。
「はい……ロイクもよかった……」
イメルダはそう言って笑顔になり、ロイクを見つめる。
ロイクがハンカチを仕舞うと、今度はイメルダの細い腕が伸びて、ロイクの顔を優しく撫でる。
しかし笑っていたイメルダは、ロイクの頬についた傷の辺りに指を近づけた時、顔を強張らせた。
「貴方の可愛い顔に傷がついていますね……」
イメルダは怒ったように言って起き上がると、放心して立ち尽くしているザーグベルトに向かっていった。
「この下衆が!」
肉を打つ、乾いた音が辺りに響く。
イメルダはザーグベルトの頬に思いっきり平手を叩きつけていた。
ザーグベルトは衝撃で地面に倒れ込む。
「おおおおお嬢様!!?? 落ち着いてくださ……痛っ」
ロイクは慌ててイメルダを止める為、立ち上がろうとする。
しかし、剣の打ち合いの疲労と、身体中の生傷の痛みでロイクは上手く動けなかった。
「卑怯者!! 身分を盾に一方的に相手を斬りつけるなど。わが父の騎士団の統括担当でありながら、軽蔑する! 貴様に騎士の心などない!」
そう言ってイメルダは、起きあがろうとしていたザーグベルトの腹に蹴りを入れる。
「ぐぅっ……」
ザーグベルトは腹部を押さえて、咳き込みながら再び地面に倒れ込んだ。
「……今度こそ、さようなら。わたくしは他の殿方と結婚しますから。貴方も、もう一度運命の相手とやらを見つけてくださいね」
ザーグベルトが、地面から起き上がりながらイメルダを見る。
「……お互い、いい人が見つかるといいね」
イメルダはザーグベルトの言葉を聞いて頷き、ロイクの方を向く。
「ロイク、動けますか? 今日はもう帰りましょう……あ、貴方の傷の手当てくらいはしていきますか」
イメルダはそう言うと、足早にケロベロス伯爵邸へと歩いて行ってしまう。
「お、お待ちくださいお嬢様……!」
ロイクが慌ててイメルダを追いかける時、ザーグベルトがロイクにむかって呟く。
「僕の負けだ、執事君。精々イメルダの結婚まで、側にいるといい」
ロイクは、その言葉を聞こえないふりをして、走ってイメルダの元へと向かった。
ザーグベルトに言われずとも、ロイクはイメルダとは結ばれる事はないと分かっている。
だから、せめてお互いを大事に想い合う事しか叶わないのだと、ロイクは自分に言い聞かせた。
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