第15話 告白

 ケロベロス伯爵邸の客間で、ロイクとザーグベルトはメイドから手当てを受けていた。


 ロイクはメイドに消毒液を塗られた後、包帯やガーゼを充てて傷口を保護される。


「ザーグベルト殿下、執事殿。わたしが寝ぼけている間に随分と派手に転んだようだね……」


 ケロベロスに話しかけられたザーグベルトは、イメルダに叩かれた頬に氷を当てながら、返事をする。


「そうなんだ。僕たち、聖女セイラとの鬼ごっこに白熱してしまったよ……僕とした事がいい歳をしてね」


 そう言うとザーグベルトは帰ると言って立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。

 ケロベロスが見送ると外へ追いかけたが、断られたのか再び客間に戻ってくる。


「執事殿、あまり深い傷じゃ無さそうだけど、無理はしない方がいい」


 ケロベロスは部屋に入って座りなおすと、生傷だらけのロイクを見ながら心配そうに話しかけた。


「はい。ケロベロス伯爵公、手当てをしていただきありがとうございます」


 そう言ってロイクは軽く会釈する。


 ケロベロスはロイクとザーグベルト、二人の怪我の理由は深く聞いてはこなかった。

 また、セイラが突然いなくなった事を彼に言っても、あっさりと納得する。


 ケロベロスは自分達よりも歳を取っているからだろうか。

 ロイクは、ケロベロス伯爵はあまり掴みどころのない人物だと思った。


「手当ても終わりましたし。ロイク、帰りましょう」


 イメルダは、ロイクの手当てが終わったのを見て話しかけてきた。


「お嬢様は、お身体は大丈夫ですか?」


 ロイクは、先程イメルダが喀血をして倒れたのを心配していた。

 以前、虎と対峙した際彼女は苦しそうにしているだけだった。


 しかし今回は喀血するとは。相当身体に負担をかけたに違いない。

 彼女は至って元気そうだが、念のためロイクは確認する。


「ええ。わたくしはお父様に似て、身体が丈夫に出来ているみたい。大丈夫です」


 イメルダは微笑してロイクに返事をする。


「それならば良いのですが、ご無理なさらないでください」



 ロイクとイメルダが帰り支度を終えると、ケロベロス伯爵が客間のドアを開ける。


「それじゃあミス・イメルダ、門までお見送りするよ」


 ロイクとイメルダは、ケロベロス伯爵とメイドと共に屋敷を後にして、ケロベロス伯爵邸の入り口である門まで歩く。


 門まで着いた所で、ロイクとイメルダは朝に乗ってきた馬車に乗り込んだ。

 向かいに座るイメルダは、窓を開けてケロベロス伯爵に挨拶している。


「今日は、楽しかったですわ。……さようなら、ケロベロス様」


 イメルダは、別れの挨拶をした。


「さようなら、か……そうだね。これ、お土産」


 ケロベロスはゆっくり瞬きをしてそう言うと、後ろ手に隠していた薔薇の花束を取り出した。

 薔薇は赤と白が混ざったまだら模様の珍しいものだ。


 ケロベロスは花束を、馬車の窓の外からイメルダに静かに渡した。


「ありがとうございます。嬉しいですわ」


 イメルダはそう言って花束を受け取ると、馬車の窓を閉めた。

 同時に馬車が動き出し、どんどんスピードがあがっていく。


 ケロベロスが遠のいて見えなくなると、イメルダは再び馬車の窓を開けた。

 馬が駆ける音、車輪の回る音が馬車内に響く。


「ケロベロス様は最後だけ、情熱的な方だったわね。こういうのは嫌いじゃないわ」


「最後、といいますと」


 ロイクの問いかけに返事はない。

 イメルダは無言で薔薇の花束が包まれた紙を取り、薔薇を束ねた紐を解いた。


「あの人とわたくしは婚約しない、そういう事よ」


イメルダは窓から手を出して薔薇の花を外に撒いた。薔薇が風に乗って一輪ずつ流される。


 風に煽られ、いくつかの薔薇が途中で花びらが千切れて舞うのを見ながら、ロイクはイメルダに尋ねた。


「何かご不満でも?」


「あの方、わたくしにまるで興味なかったじゃない。あとセイラにも」


 イメルダの細く美しい手のひらにはもう薔薇は無い。


「お互いその気がないのなら、結婚しても寂しい思いをするだけだわ」


 確かにケロベロスは、イメルダの事など気にかけずにいた。それは誰が見ても明らかだろう。

 ただ決められた婚約を、最低限に機械的にこなしていただけのケロベロスに、ロイクはずっと苛立っていたのも事実だ。


「それに」


 イメルダはそこで言葉を切って、馬車の窓を閉めた。

 窓から視線を背け、真っ直ぐにロイクを見て話す。


「わたくしは……あなたが好きですから」


 窓が閉まったというのに。イメルダのその一言で、ロイクの心は一層に騒がしくなった。

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