第12話 王子の嫉妬

 ロイクはセイラを探してケロベロス伯爵邸を彷徨っていた。


 キッチン、書斎、玄関ホール。ケロベロス伯爵邸にはあまり使用人がいない為、ロイクが勝手に入っても誰にも止められなかった。


「どこにもいらっしゃらない……セイラ様……」


もやもやと煙がかった頭の中に、ふと薔薇のイメージが浮かび上がる。


「そうだ、庭……まだ探していない」


  虚な目で呟きながら、ロイクは庭に出る扉を開けて外に出た。

 ふらふらとおぼつかない足取りでロイクはセイラを再び探す。


 色とりどりの薔薇が咲いたケロベロス伯爵邸の庭は、甘い香りが漂っている。


「やぁ、執事君」


 不意に呼びかけられ、ロイクは振り返る。

 そこにはザーグベルト王子とセイラがいた。


「……見つけましたよ、セイラ様」


 肩よりも少し長い茶髪の、毛先がくるりとした愛らしい髪型。

 黒くて丸い瞳。水夫が着るような襟の大きなデザインの、上下が分かれたドレスを着た健康的なスタイル。


 ロイクはセイラを見て顔が蕩けていくのが分かった。


 愛しい聖女様! セイラ様!

 でも、あの方にこんな自分を見られたら。また怒られる……あれ、それは誰だ?


 ロイクの頭の中は依然として煙がかっているが、セイラへの気持ちに疑念が湧いた。


「ロイク、いくつか死ぬ前に聞きたいことがあるの」


 セイラ様が何か仰っているが、頭の中の何かに気を取られる。

 それは濃い金色のウェーブがかった髪の毛の人。


「……はどうしてなの?」


 何かを聞かれた。セイラ様の質問に答えなくては。ロイクはありのままの答えを話した。


 ロイクの返答が気に食わないのか、ロイクはセイラに睨みつけられる。


「……何それ、もういいわ。じゃあロイク……自殺して」


 セイラは少し声を震わせながらロイクに命じた。

 その命令を聞いてロイクは腰に差した剣を抜く。

 だが、手が動かない。


 この剣を自分に突き立てなければいけないのに、頭の中にいる女性がロイクの邪魔をする。

 頭の中の女性は釣り上がった赤い目で、傲慢そうな表情をしている。


 この方は、私が守らなければいけないお方。死んでしまっては、守れない。


「どうしたの……ロイク……早くして……」


「……申し訳ございません、この剣はイメルダお嬢様をお守りする剣なので。それ以外で使う事はできません」


 ロイクの返答を聞いて、セイラはやっぱりだめか、と呟いた。

 セイラが溜息をついていると、ザーグベルトが呟いた。


「ロイクは僕がやるよ」


 ザーグベルトが虚な目をしながら、ふらふらとロイクに近づく。

 そしていきなり腰の剣を抜いて斬りかかった。


「ええっ、ザーグベルト! ちょっと待って!」


 ロイクは反射的に持っていた剣で応戦する。

 カアンッと金属がぶつかり合う音がして、ロイクとザーグベルトは鍔迫り合いのような状態となった。


「ザーグベルト殿下っ……どうか、剣をお収めくださ……いっ!」


 ロイクは、ザーグベルトの突然の行動に、だんだんと頭の中の煙が晴れてくるのを自覚した。


 そして、平民の自分が王子相手に剣を抜いているという目の前の事実に、ロイクの額には冷や汗が滲む。


「ああ、冷静なら収められただろうね。でもね、今は正気じゃないんだ! イメルダの心を掴んで離さない。ロイク、僕はお前が憎いよ!」


 ザーグベルトがロイクの方に力を込めて、剣を押し切ろうとしてきた。

 不快な金属が擦れ合う音がケロベロス伯爵邸の庭に響く。


 ロイクは力が込められたザーグベルトの剣をなんとか受け流して、後ろにステップして態勢を立て直そうと試みた。


「私たちは、その様な関係ではございま……うわっ!!」


 ザーグベルトは前に踏み込み、吠えながら剣を再びロイクに振るった。

 ロイクは自分の胸の辺りを狙った、ザーグベルトの剣をギリギリのところで避ける。


「嘘をつけ! イメルダは、君しか見ていない! 王子である僕でなく! 執事の、平民の君を!!」


 ザーグベルトは声を荒げて剣をまたロイクに振った。

 ロイクは顔に当たる寸前で何とか剣で受け止める。


 もしロイクがザーグベルトに怪我でもさせようものならば、死罪は免れない。その為防戦一方だ。


「僕だって、貴族達から評判の悪いイメルダの支えになってあげたい! でもイメルダは……」


 しかしザーグベルトはずっと叫びながら、ロイクを殺さんばかりに剣を振りかざしている。


「君にしか弱さを見せないんだ!」


 ザーグベルトはそこまで言い切ると、息を切らして一旦剣を下に向けて降ろした。

 そして、普段の乱れのない美しい顔を歪ませてロイクを睨みつける。


 ザーグベルトは騎士団の統括を王宮で担当している為、剣の扱いも達者である。

 ロイクもまた、イメルダの護衛の為に身に着けた剣術は確かなものである。


 だが、ロイクは王子であるザーグベルトを傷つける事が出来ずに、剣を受け流す事しかできない。

 この状況は圧倒的にロイクに取っては不利だった。


「ちょっとー! 二人とも、止めてよ!」


 頃合いを見てセイラが叫んだようだった。


 しかし、セイラの呼びかけには全く振り向かず、ロイクとザーグベルトは再び剣で打ち合い始めるのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る