第11話 ケロベロス伯爵邸で捕まえて

 ケロベロス伯爵邸に着いたロイクとイメルダは馬車から降りる。

 立派な鉄製の門に白いタイルの壁が遠くに見える屋敷を囲んでいた。


 門の前に若い髪の長さが首元くらいのメイドが立っており、ロイクとイメルダを出迎える。


「お待ちしておりました。ご主人様がお待ちです」


 そう言ってメイドは屋敷の客間に2人を案内した。



 ロイクとイメルダの待っている客間にケロベロスが入って来た。

 挨拶を軽く済ませ、イメルダとケロベロス伯爵はソファに向かい合わせに座って話を始める。


「ミス・イメルダ。わざわざお越しいただきありがとう」


 そう言って微笑を浮かべるケロベロス伯爵を、ソファから離れた壁に立っていたロイクは眼鏡の奥から軽蔑の眼差しで見る。


 そんなロイクを気にもかけず、ケロベロスは変わらない微笑でロイクに話しかけた。


「執事殿も、ソファに座ってくれたまえ。この屋敷にはわたしとメイドのベルガモ、それから数人の使用人しかいない。礼儀にうるさい年寄りはいないからね」


 ケロベロス伯爵の前髪を額の上に撫で上げた髪型は、おでこに前髪が何本か出ている。

 舞踏会の様なフォーマルな場ではない為か、今日は幾分かラフにセットされていた。

 まるで気軽にお茶でもしようと言うかの様に。


「とんでもございません。御遠慮申し上げます」


 婚約はイメルダにとって大事な話だというのに。

 この男にとってはお茶の時にする談笑と変わらないのだろうか。


 ケロベロス伯爵がお嬢様に失礼を働いた時、冷静でいられる自信がなかったロイクは、ケロベロス伯爵の気遣いを丁寧に断った。


「律儀だね。ミス・イメルダ、いい執事をお雇いで」


「あら、お褒めいただきありがとうございます」


 イメルダは抑揚の無い、無機質な返事をする。

 ロイクは既にイメルダが何かしでかすのでは、と肝を冷やした。


「早速ですが。ケロベロス伯爵、わたくしとの婚約はどうお考えでして?」


 イメルダの質問にケロベロスは表情ひとつ変えずに返事をする。


「ああ、勿論前向きに考えているよ」


「……嬉しいですわ。でも、なぜ舞踏会では聖女セイラ様とあの様に振る舞われたのかしら?」


 イメルダの後ろに立っている為イメルダの表情は見えないが、さぞ恐ろしい形相なのだろうとロイクは想像して身震いする。

 だが、やはりケロベロス伯爵は微笑を崩さずに応える。


「頭がぼうっとしちゃって。あの時はどうかしていた。君を傷つけた事を許して欲しい。そして改めて……」


 そう言ってケロベロス伯爵はイメルダの側まで歩き、片膝を床につけた。

 そしてイメルダの手を取る。


「僕と婚約を……」


「はぁい、そこまでですよ!」


 ロイク達がいる部屋のドアが勢い良く開いて、聴き慣れた甘ったるい声が部屋に響いた。


 ドアの向こうをロイクが見ると、ザーグベルト王子と聖女セイラが立っている。


「ケロベロス様との婚約の話をあたし抜きでするなんてっ! ぷんぷーん」


 セイラは頬を膨らませて怒っています、と意思表示をしている。

 続けて隣のザーグベルトが話す。


「ケロベロス伯爵公、悪いけど僕たちも話し合いに参加させてくれ。僕はイメルダの事を諦め切れていない」


 突然の展開にイメルダは気を失いそうになりながら、ソファにもたれかかっていた。


 ロイクはこの場をどう納めようか考えた。

 しかしどう話を運んでも、不毛な会話になると考え、ロイクは頭痛がしてくる。


「あたし、いい事思いついたぁ! 鬼ごっこしましょう」


「え?」


 セイラ以外の全員が同じ反応だ。

 また突飛な事をセイラは提案してきた。本当にこの方は頭のネジが飛んでいるとロイクはこめかみを抑えた。


「だってみんな、大好きなあたしと個別にお話したいでしょっ……イメルダさんもねっ」


「なっ! どういう意味です!?」


 イメルダの抗議は全く気にせず、セイラはにっこりしながら、ザーグベルト、ケロベロス、ロイクの順番に顔を見る。


 ロイクがセイラに微笑まれた時、頭が真っ白な煙で満たされた様な感覚に陥った。


 セイラはふっと部屋から消える。移動の魔法使ったのだろうか。


 そんな事を考えながら、ロイクの頭の中は白い煙と一つの思考に支配されていた。早く捕まえなければ、愛しの聖女様を。


「セイラ様……お待ちください……」


「ロイク! お待ちなさい、ロイク!」


 誰かが呼んでいる。しかし、それはセイラ様に比べると、優先されるような事に思えない。

 ロイクは虚な目で客間を出て、セイラを探しに走り出した――

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