第10話 落ち込むイメルダ
夏が終わり、ロイクが馬車の窓を開けると涼しい風が車内にそよぐ。
ロイクが窓から見た景色はどこか切なさを感じた。
それはもうすぐ秋の訪れを思わせるように、道に生えた並木の木の葉はうっすら黄色く染まっている。
「もう秋なのね」
イメルダは愁いを帯びた表情で、寂しそうに言った。
時を遡る前の、自分が以前死んだ時期が近づいてきた事が不安なのだろうか。
イメルダが悪事を行わなければ、ロイクはもう彼女を咎める気はなかった。
ずっとお仕えしてきたお嬢様。自分にとってかけがえのない方。どうか幸せになってほしい。
「はい。ケロベロス伯爵邸のお庭では秋のバラが咲きはじめているとお聞きしましたね。ご一緒にお散歩などお誘いがあるかもしれません」
馬車に揺られながら、イメルダとロイクはケロベロス伯爵邸に向かっていた。
イメルダはケロベロス伯爵との話合いには後ろ向きだ。
婚約をないがしろにされたから当然だろう。
そんなイメルダに、ロイクは気が紛れるような話題を振る。イメルダは薔薇の花が好きなのだ。
「ええ……そういえばわたくしから送った手紙の返事に、庭の薔薇を見に来て。とあったわね……」
だが、薔薇の話題にも覇気ある返事をしない。イメルダはいつもの様な元気がなかった。
ロイクは無理もないか、と思った。セイラに再び婚約者を取られたのだ。
そして、あろう事か婚約者であるケロベロスもセイラに夢中になっているとは。
イメルダが再び婚約破棄された舞踏会の後……正確には婚約が白紙になった後、ケロベロス伯爵公はイメルダに一度も連絡を取ろうとしなかった。
季節が変わっても進まない婚約に見かねたイメルダの両親が、会って話したい旨の手紙を送れとイメルダに促した。
ケロベロス伯爵からの連絡は、その手紙の返事が返ってきた一度だけだ。
向こうから手紙や電話の一つでも寄越せないのか。そうロイクは誠実さを見せないケロベロスに苛立つ。
「お父様とお母様も、この縁談が嫌だったら今日断りなさいと言っていたけれど。伯爵公との縁談を、爵位の低い家である男爵令嬢のわたくしがお断りしたら角が立ちますもの」
今日はイメルダと婚約するのかどうか。それをケロベロス伯爵邸で話し合いに行く。
本当はお互いの両親も交えて話し合うのが普通だが、ケロベロス伯爵の両親は既に鬼籍に入っている。
まさか一家総出でケロベロス伯爵公一人に婚約を迫るなど、脅しにいく様なものだ。
その為、今回の話し合いはケロベロス伯爵とイメルダの当人同士だけで行われる事となった。
「そうかもしれませんが……ケロベロス伯爵公も、随分とはっきりしないお方ですね。始めはイメルダ様との婚約は快諾してくださっていたのに」
「ロイク、いいのよ。セイラの魅了術について話したでしょう。あの女は、人の心を操って悪どい事を成しているの」
どの口が言うのか、とロイクは口から出そうになるのを堪えた。
イメルダも人を惑わす術を使い、暗殺や毒殺の証拠を隠蔽してきただろう。
しかし、ロイクがイメルダから聞いた話によれば、イメルダの術よりも、セイラの魅了術は強力らしい。
「ロイクだって、何度もセイラに鼻の下を伸ばしていたでしょう」
「はい、鍛錬が足りず申し訳ございません」
ロイクが素直に謝ると、イメルダは別に気にしていないわ、と言って顔をロイクから背けてしまった。
イメルダは続けて話す。
「今日の話し合いで、ケロベロス伯爵がわたくしに誠意ある態度であれば。もう復讐はやめます」
「……本気で?」
ロイクは驚愕する。お嬢様が、復讐をやめる? 信じられずロイクは、本意を聞き返す。
「本気です。わたくし、セイラ以外に怒ったりするのはもう意味をなさないと気がついたのよ」
顔を背けたまま、イメルダは話を続ける。
「でも、ケロベロス伯爵がわたくしとの婚約をなかった事にする……」
ロイクは嫌な予感がした。
それに、どちらにせよイメルダは聖女セイラへの復讐は続けるようだからだ。
「今日の話し合いがそういう方向に進むなら……」
イメルダは顔を振り返り、呟く。
ロイクはイメルダの顔を見て、やはり。そう溜息をついた。
「ケロベロス伯爵はあの世にいってもらうわ」
そこにはもうロイクが見慣れた、悪女の微笑みがあった。
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