第8話 ザーグベルト王子は知っている

 舞踏会当日。イメルダとザーグベルトは王宮のプライベートルームで婚約について話し合っていた。

 部屋の外の廊下ではロイクが待っている。


 セイラにまた邪魔されたら困る。以前の二人の話合いでセイラに騒がれた事をイメルダは怒っていた。

 対策としてイメルダはロイクにきちんと見張るように伝えたが、今度は別の事で心配になる。


 またセイラがロイクに近づいたらと、イメルダはそれが心配なのだ。



「やっぱり、僕はセイラと結婚しなければいけない」


 ソファに腰掛けて、俯きながら目にかかる薄い金色の前髪を持ち上げるザーグベルトをイメルダは静かに見つめる。

 それについてイメルダは、知っていることなので特に驚く事はなかった。


「……そこで相談だけれど。イメルダは僕の二人目の妻になってくれないかな」


 ザーグベルトの言葉にイメルダは自分の眉間に皺が寄ったのを自覚する。


 ……二人目の妻? 側室になれという事? 仮にもわたくしは爵位のある家の生まれだというのに。

王子とはいえ、失礼すぎるのではなくて?


 イメルダは座っていたソファから立ち上がり、ザーグベルトの顔を思い切ってぶってやりたいと怒りを覚えた。


「……お断りいたしますわ。わたくしは、わたくしだけを愛してくれる殿方が良いですの」


 殴りたい衝動を抑え、冷たくイメルダは言い放つ。


 イメルダは怒りを抑える為に、手に持っているクッキーの入った袋を握りしめる。すると、中身が割れた様な鈍い音が聞こえた。


 これ以上クッキーが割れてしまわないよう、慌ててイメルダは袋をテーブルに置く。

 そしてイメルダが手を自分のそばに戻そうとすると、ザーグベルトにその手を握られた。


「勿論、君だけを愛しているよ」


 美しいザーグベルトに見つめられ、愛の言葉を囁かれたが、イメルダは冷静だ。


「嘘はお辞めになって。セイラ様が……気になられているのでしょう?」


 知っていますよ、とイメルダはザーグベルトに牽制した。

 すると、ザーグベルトは困ったように眉を下げて話し出す。


「誤解だ! セイラ……不思議な子だよ。あの子を見ているとなんだか頭がぼうっとしてくる。まるで魔法にかけられたみたいに」


 ぼうっと、と聞いてイメルダは思い当たるものがあった。自分も使える、相手の心を惑わす術だ。

 セイラの場合は差し詰め魅了術というものだろうか。


「魔法に、なんておとぎばなしの様ですわね。そんな言い訳を仰らなくても、わたくしはもう貴方に愛されていない事くらい分かっていましてよ」


 イメルダはケラケラと笑い、術の事は知らないふりをして返事をする。

 だが、その返事に気を悪くしたのか王子は突然怒った様に言った。


「君だって……ずっと僕の事を愛していなかった癖に。いざこうして婚約が取りやめとなると、僕を責めるんだね」


 ザーグベルトはイメルダの手を強く掴んで引き寄せ、腰を抱いてイメルダを自分の方に向かせる。


「え……」


 ザーグベルト王子の眼差しが鋭い物に変わり、視線がイメルダに突き刺さる。

 ドクドクとイメルダの胸の鼓動は早まった。


 まるでイメルダの知らない、知ろうとしない気持ちをザーグベルトに見透かされているようだった。 

 ザーグベルトの視線が突き刺さり、イメルダは身体がぞくっと震えた。


 そしてイメルダにザーグベルトの顔が近づいてきたと思った瞬間――


「んっ……」


 イメルダはザーグベルトに口づけをされていた。


「あぁ……や、やめ」


 イメルダは顔を背けて彼の唇から離れるが、ザーグベルトに顎を掴まれてもう一度口付けられた。


 勿論、恋人同士であった二人は、口付けは初めてではない。

 しかし、今まで二人の口付けは軽く触れ合うようなもので、今の様な深い口付けは初めてだった。


 暫く口付けをして、ザーグベルトはやっとイメルダから唇を離して解放する。


「はぁ……っ……貴方、どういうつもりです……!」


 イメルダは息も絶え絶えに、ザーグベルトに怒ったが、ザーグベルトは変わらず冷たい目でイメルダを見つめていた。


「ロイクとはこういう事したの?」


 ザーグベルトが逃がさないとばかりに、握ったイメルダの手に力がこめられた。


「や、やめて! ロイクとわたくしはそういう関係ではありません!」


 口付けを無理矢理された事よりも、ロイクの事を聞かれるのがイメルダは嫌だった。


「君は僕と一緒にいても、ロイクの話ばかりしていたね。だから、イメルダはロイクの事が好きだと思っていた」


 考えたくない。ロイクへの気持ちを。身分の違う恋なんて叶わないのだから。


「それこそ誤解です……もうわたくし達は今日限りで恋人同士では無いのです。何も仰らないで、さよなら」


 そう早口で告げると、イメルダはザーグベルトの手をなんとか振り払った。


 そしてザーグベルトに食べさせる筈だった毒入りクッキーを手に掴み、走って部屋から出る。


「お嬢様? ……終わったのですか?」


 イメルダが廊下に出ると、ドアの側で待っていたロイクが心配そうに話しかけてきた。

 イメルダは取り乱した気持ちが少しずつ落ち着いていく。


「……やめました。あの男は殺す価値もない男です」


 イメルダは目を閉じて、ロイクを見ずに強がりを言った。


 ザーグベルトがセイラに心を奪われた事を責めるどころか、ザーグベルトに自分の気持ちを見透かされていたとは。

イメルダは悔しくて仕方がなかった。


「……よかった。さぁ、お時間ですので、舞踏会に参りましょう。国王陛下のご紹介の、イメルダ様の婚約者はどんな方か楽しみですね」


 ロイクが先導する後ろに続いて、イメルダは忌まわしい思い出のある舞踏会ホールへ向かった。

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