第7話 時止めの力-前編(ロイク視点)

 アーステイル王都付近。

 以前イメルダとロイクが聖女を助けた廃教会の近くの森に二人はいた。


「ロイク、その紫の花がトリカブトではないですか?」


 イメルダがロイクの足元を指さす。ロイクが目をやると、そこには紫の小さな花がいくつもぶら下がった植物が生えていた。


「……はぁ。そうですね」


 トリカブトといえば、猛毒の植物としては有名だ。根の部分は僅か数グラムで致死量に達する程の猛毒が含まれている。


 王子に食べさせる毒入りクッキーの毒を目的に、今日ロイクはイメルダと森に来たのだ。


「ほら、間抜けな返事はいりませんよ。早く根を採取して頂戴」


 夏盛りの季節。森林の中は木々が作る陰で幾分か涼しいが、それでも気温が高く暑い。イメルダは扇子を取り出して顔を扇いだ。


 そんなイメルダにロイクは説得を試みようとする。


「お嬢様、流石に毒殺ともなれば。クッキーを調べればすぐ分かりましょう。お嬢様はもう一度処刑されたいのですか?」


 当然イメルダは、ロイクの説得を聞く耳を持っていない。


「処刑されたいわけないでしょう! 計画は万全です。わたくしの黒魔術で時を止め、人を惑わす力で上手く誤魔化すのです。ロイクさえ黙っていれば完全犯罪ができる筈」


 そう言って素早くイメルダは扇子で自分の顔に風を送る。扇子の風でイメルダの金髪がふわふわと揺れていた。


 その金の糸が揺れる間から見える汗が滲んだお顔も、ロイクにはどこか儚げで美しく見えてしまう。


「……それではお好きにどうぞ」


 イメルダの美貌にあてられてしまうのを堪え、ロイクは冷たく返事をして足元のトリカブトを掘り出す。


 イメルダお嬢様は何故こうも自分を信用しているのだろうか。以前の人生で処刑台に上がったのはロイクの告発の所為だというのに。


「ねえロイク、今あそこに誰かいなかった?」


 トリカブトの根を袋に入れている途中、イメルダが慌てた様に言った。

 イメルダが指さす方をロイクが見ても、誰もいない。


「誰もいませんが……うわっ!」


 突如視界がイメルダお嬢様の着ていた赤いドレスの布に塞がれる。

 イメルダに押し倒されている事に気がつき、ロイクは激しく動揺した。


「おおおおおじょ! なな何を……」


 まともに口が回らないロイクを無視してイメルダは腰に刺していた剣を抜いた。

 ロイクがイメルダの剣を構える先を見ると、三メートルはあろう大きな虎がいた。


「お嬢様!!」


 ロイクは慌ててイメルダの前に出ようとするが、イメルダの手に阻まれる。


「あの虎! ロイクを狙っています」


 そう言ってイメルダの周りから黒いオーラが出てくるのをロイクは見た。

 オーラは虎を包む。イメルダが何か術を使った様だった。


 しかしロイクが見た限りでは、状況が何も変わっていない。


「くっ、わたくしの心を惑わす術が効きません……術、連続で使いすぎまし……た」


 そう言うと、イメルダは胸を押さえて苦しそうに膝をついた。

 このままではお嬢様が危険だとロイクは判断して、ロイクはイメルダの前に出る事を決意する。


「お嬢様、私が前にでて虎の気を引きます。その間にゆっくり虎から視線を外さずに後ろに下り、充分距離をとったら走って森から出てください」


「駄目よ……そんな事は許さない。わたくしも戦います……もう少し待って……時をもう一度止めますから……」


 イメルダがあまりにも疲弊しているので、ロイクは悩んだ。お嬢様が走る事は難しそうだ。

 仮に虎に背中を見せる事や、下手に挑発するなどして虎が襲い掛かればひとたまりもないだろう。


 虎は皮膚が硬い為、剣で斬りかかっても勝ち目は無さそうだ。

 まさに絶対絶命。


 だが、迷っている暇はない。ロイクはやはり自分が囮になろうと決め、剣を静かに抜こうとしたその時――。


 虎は低く唸りながらロイク達の様子をしばらく見ていたが、踵を返して森の奥深くへ走って行ってしまった。



 虎がまた襲って来る前に、森の出口にある廃教会までロイクとイメルダは急ぎ避難した。


「さぁ、このゴム手袋を着けてクッキーに毒を塗り込むのです」


 ロイクはイメルダに指示された通り、採取したトリカブトの根の汁をクッキーに塗り込む。


 毒殺の計画を手伝う事は不本意だが、ロイクは先程イメルダに助けられた事を気にしていた。その為反論する気にもなれず手伝っていた。



「お嬢様、私を庇って……どういうおつもりですか? お嬢様に何かあったらどうするのです……」


 ロイクは無謀な行動をするイメルダを諌めようと、作業をしながら話しかけた。


「だって……あの虎はロイクを狙っていたのですよ。時を止めた際に確認したのです!」


 時を止めて確認した、と言われるとロイクもお手上げだ。もっともらしい理由にイメルダにロイクは何も言えなくなる。


「……ロイクは……わたくしに何かあったら、悲しい……かしら」


 すると、ロイクにイメルダは遠慮がちに尋ねてきた。


「当たり前です」


「執事として仕事を失敗したから? それとも、わたくしを……一人の人間として見て、悲しい?」


 ロイクはイメルダの問いかけに言葉に詰まった。それに本心からの答えを言う訳にはいかないからだ。


「そ、それは……」


 ロイクは自分の中で葛藤する気持ちがあるのだ。イメルダを罰さねばという気持ち。

 そしてもう一つはイメルダを……


「どちらともでございます。大体、お嬢様が虎に襲われたとあれば、責任は護衛の私にありますから。私だけ生きて帰っても、旦那様に首をはねられましょう」


 イメルダへの気持ちをロイクは途中で考えるのを辞めて、無難な回答をした。


「……そうよね。とにかく、わたくし達は無事だったし。よしとしましょう」


  そう言って、イメルダは毒をロイクがすり込んだクッキーをしまう。


  そのあと二人は焚き火をして、使用した道具を全て火に放り込んで燃やした。

 これで証拠が見つかる事はないだろう。


  ザーグベルト王子の暗殺は明日の舞踏会で、イメルダと二人で会う時だ。

 成功しても失敗しても、イメルダは処刑されるだろうとロイクは考える。


  ロイクが告発すればイメルダは終わるのだ。

  帰り道、馬を走らせながらロイクは複雑な心中でいた。

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